はじめに
1.基本的な生活習慣の自立をめざして
2.「子は親の背中を見て育つ」
3.子育て家庭支援センターの活用 −家庭との連携−
4.食事の意義と習慣のつけ方
5.着脱衣の意義と習慣のつけ方
6.清潔の意義と習慣のつけ方
7.排泄の意義と習慣のつけ方
8.睡眠の意義と習慣のつけ方
おわりに
「育ち合い」について
前号(36号)の「育つ力」を受けて37号では、保護者(親)または保育者と子ども、子ども同士、さらに保護者と保育者との関わりを通して子どもはどのように育ち合うかを考察する。
保護者(親)は、子どもを育てるのにいろいろなことを学ばなければならない。子どもは子ども同士で学び、育ち合う。
子どもは、誕生して一人の人間になるためには、大人の支援が必要である。
人間の誕生から老年に至るまでの心身の発達過程は、誕生が同時でも同等の速度で一直線に成長するものではない。ある時期は急速に、ある時期は停滞や消極的発達が見られる。しかし、発達の順序は変わらない。子どもはさまざまな条件に左右されながら、各種の精神機能と関連して成長発達が進行する。
親は子どもの成長発達の過程で子どもと共に喜びや驚き、困惑などを同じ目線で見るようになり、子どもを理解し、子どもと共に「育ち合う」ようになる。
また、子ども同士の遊びの中で、友だちの面白さや楽しさから刺激を受けて協力しながら情報を交換し、遊びを発展させ、それが子どもたちを成長させていく。それも「育ち合い」である。保育者と保護者、または保護者同士、子どもの成長発達の過程で情報交換しながら自ら学ぶことを知り、互いに「育ち合う」ようになる。
親はお互いに子育てに心を開いて、子どもを理解し、子どもの教育について話し合い、それぞれの得意な分野を出し合って学び合う。
このようなことについて、文部科学省は、子どもの生活習慣や躾に悩む親たちを地域ぐるみで応援する事業を2008年から始めることになった。忙しくて、地域の子育て講座や小学校・幼稚園・保育所・施設などでの保護者会に出席できない、学ぶ機会がない親たちに対して相談にのる「子育てサポーター」が編成されているところでは、一人ひとりの子育ての希望に応じてチームをつくり、家庭を訪問することが出来る。文部科学省は「チーム活動費」を助成することになった。これらの背景には、「改正教育基本法」が施行されたことによる。(文部科学省家庭教育支援室2007年10月26日)
保護者間で「育ち合い」が地域社会に広がるようになることは、まず、親が子どもの話を良く聴き、受け止め、子どもへ言葉を返す環境をつくるようにすることである。それを積み重ねることが子ども同士聴き合う関係へと発展する。その取り組みの過程こそ、「育ち合い」と言えよう。
はじめに
人間の子どもは一人前に成人するまでには20余年ほどの長い年月が必要である。特に新生児は運動系の能力が未熟で生まれてくるために大人の世話なしでは生存することは出来ない。しかし、他の動物にはない優れた大脳を持っていて生まれた瞬間から豊かな発達の可能性がある。しかし、子どもが成人に至るまでの間に日常生活の中でいかに主体的に環境(人的・物的など)の影響を受け、子ども自身がどのようにそれらから学び、変化していくかによって、子どもの発達に違いが現れてくる。
両親の共働きが増加し、子どもを乳児期から保育所などへ託し、あるいは幼児を早朝から、夕方5時以降まで幼稚園に託さなければならない親もいる。わが子が保育所、幼稚園や施設でどのように過ごし、何が身に付いたかなど、成長の姿を見る余裕もなく、「預けておけば大丈夫」と考えている保護者もいる。
本号では、誕生してから成人するまでのうち、基本的生活習慣の行動が最も身に付きやすい乳幼児期の子どもの発達に即して親子で実践できるようにイラストに簡単な解説をつけることにした。
1.基本的な生活習慣の自立をめざして
基本的生活習慣の自立とは、毎日の生活をする中で習慣化(身に付く)された行為として、日常的に繰り返される生活の基本行動である。その自立とは生活に必要な身の回りの事物を操作したり、自分の体をコントロールしたりする行動が毎日の生活の中で特別に努力しなくても自分でできるようになるという意味である。生活習慣の形成は身体の健康を維持し、順調な発達を促すために必要な行動である。
乳幼児の基本的生活習慣は生活に必要な活動が自分で出来ることを目標とし、通例、 @食事、A着脱衣、B清潔、C排泄、D睡眠 の5項目があげられている。
生活習慣(身辺自立)として幼稚園、保育所、施設などでは誕生月や年齢、個人差に即して指導を行っている。
家庭では適切なタイミングで自分でやろうとする環境をつくりたい。乳幼児は特に同じ行動を繰り返すことが好きである。親、保育者も根気良く繰り返し、それに付き合う努力が望まれる。そしてやさしいこと、簡単なことから複雑なことへと行動が出来るようにし、どんなささいなことでも、できたらほめるようにしよう。
2.「子は親の背中を見て育つ」
親が子どもを育てるときの心構えとして、江戸時代の中期頃から現在まで伝えられている川柳の中の一句で、「子は親の背中を見て育つ」という句がある。これは親が無意識に毎日行動しているその姿を子どもはよく見ていて、まねをするようになる。親の立ち居振る舞いや話し言葉などのまねをして家族を笑わせるのも幼児期である。
親は子どもの人生の先輩者である。毎日の生活行動を大切にして、例えば食事のとき「いただきます」「ごちそうさま」を親から率先して声に出して言うようにする。このように根気よく続けていくと、自然に自分から挨拶が出来るようになる。しかし、現在の若い親は、基本的生活習慣とはどんなことをするのか、どうやって行動をすればよいか自信がない。その結果「子どもの自由にすればいい」とか「幼稚園や保育所で教わるから」「小学校へ行けば自分のことは自分でやれるようになる」と言う保護者(親)もいる。
基本的生活習慣を身に付けるためには、まず周囲の大人が模範を示すことが大切である。
3.子育て家庭支援センターの活用 −家庭との連携−
子育て家庭支援センターは1995年度から政府による本格的な「子育て支援政策」として実施されている。
人間として、身に付けておきたい基本的生活習慣の自立を具体的に保護者と保育者が共通理解できるようにし、子どもが混乱しないように、家庭内でも実施できる行動をイラストで表現し説明を加え、保護者全員にプリントして配布する。
また、経費はかかるが、保育者が幼児に教えている様子を「DVD」に録画して保護者に貸し出すように工夫をして親と子どもが家庭で一緒に実行することが出来るようにする。
多くの保護者の疑問に答え「電話相談」などを設けておく。若い親たちの不安が解消できるようになるであろう。
家庭と幼稚園、保育所との基本的生活習慣の共通理解が必要である。各家庭で、子どもと食事の前に、手洗い、手拭き、うがいなどについて、親が「センター」で研修した通り、わが子に実践させてみると、「先生に教わったのと同じだ」と目を輝かし誇らしく親に話す子どもの様子が想像できる。また、友達のこと、先生のことなどへと話が発展し、親は子どもの様子もわかり、子どもは基本的生活習慣が自立でき、共に喜びを共有するようになるであろう。それが育ち合いである。
4.食事の意義と習慣のつけ方
食事は栄養補給と人間交流の両面を持っている。子どもの成長発達の中で食事の占める位置付けは深い。「食べる」と言うことは、大脳生理学の側面からは、大脳辺縁系に支配される人間の本能(食欲、性欲、集団欲)に基づいている。一度食べておいしかったという体験があると、それに近づいて食べようとする。誕生直後の新生児でさえも母親のお乳を探し求め「吸う」という反射行動が見られる。乳児は授乳のとき母親との触れ合いを通して、母親のやさしい声や母親の目と目を合わせたとき、保護されている安心感を体験し、そのとき築かれる信頼関係が、その後の情緒面の安定や知的、社会的発達の芽が育っていく。
9〜18ヶ月ころになると子どもは周囲の人の要求に応ずる能力も生じてくる。保護者(親)の指示により幼児は行動をコントロールでき、我慢することもできるようになる。2〜4歳になると、自分を表現し何かを習得しようとする強い欲求が見られ、さらに食べることについての取り扱いや方法などを周囲の人から模倣という手段で身に付けるようになる。これらの時期は親や保育者が社会のルールや家庭生活で許される条件にそって子どもの行動を方向づけ、教え、制限するなどして食事のマナーの基本などが獲得できるようになる。子どもは、親や保育者とのきめ細かな暖かい人間関係に育てられ、愛情深い躾や教育は子どもの自立への意欲を育てることにつながっていく。




5.着脱衣の意義と習慣のつけ方
衣服を着たり脱いだりすることが一人で出来ることは、基本的生活習慣(身辺の自立)の形成の1つである。
小学校へ入学するまでには一人で着たり脱いだりし、その後の整理、整頓ができることが望ましい。しかし、1歳児ころは衣服の型にもよるが袖に腕や首周りに頭を通したり、ボタンをはめたりすることは難しいので、苛立ちを示すことも多い。そのような幼児の気持ちを親や保育者は受け入れた上で、自分ですることを認め支えたりすることで一人で出来るようになっていく。
また、服を着ることは寒暖の調整や身体の保護だけでなく自己表現にもつながっていくこと、つまり身だしなみを整え、その場面にふさわしい服を選ぶことに加えて、清潔への感覚が育つようにする。このことは自然に身に付くものではない。子どもに清潔な衣服、下着を着せ、持ち物など清潔にすることを繰り返し体験させ、快いことを味わいながら習慣として身につけることがねらいである。家庭では子どもが一人で下着や服の整理し易いコーナーをつくり、整頓が出来るように家族は皆で協力し、環境を整えよう。








6.清潔の意義と習慣のつけ方
身体を清潔に保つことは、身体の保護や健康増進のために必要なことである。同時に、他人に不快感を与えないという社会的な側面も持っている。つまり清潔は、社会生活を送る上でも、他人と共に気持ちよく生活するためにも生活に必要な行動である。
清潔にする習慣というのは、教えるだけでは、身に付かないものである。きれいにすると気持ちがいいということを実感覚で覚えるようにする。外出から帰った時は、手を洗うのは、目に見えなくても菌が付いていることを話したり汚れた手を見せたりして、手洗いをする。習慣になるには、家族全員が手洗いを実践していることが大切な環境である。風邪は手から口への経路をたどり感染するので「うがい」を必ずする。
歯磨きや鼻かみも、ハンカチで手指を拭くのもまたぬれたタオルで体を拭くことなどは親や保育者が教えなければ身に付かない。
乳幼児期からひとりで出来るまで、親や保育者や周囲の大人が手をかけて教えることを心がけ、はじめは子どもが気づくまで声をかける援助が大切である。
次に汚れたことを親や保育者に知らせる習慣も大切である。それをきっかけに、自分で出来るまで、保護者(親)が子どもの前でやってみせ、やり方を教えて、させてみて、できたらほめる。そして清潔にしておくと気持ちがいいことを体験させるようにする。





7.排泄の意義と習慣のつけ方
乳幼児期の生活習慣の自立は成長の過程や生活の多様な場面で示されるが、その中でも排泄の自立は親や保育者が子どもの成長を特に具体的に感じとれるものとして意味が大きいものと思う。しかし、子どもの心身の成長には個人差がある。排泄の自立の時期が多少早い遅いはあっても、人間は同じ生理的成長のプロセスを歩むものと理解し、子どもが、自立を学習するのを焦らずゆっくりと見守ることが大切である。
乳児はお乳を飲んだり、泣いたりすると反射的に排尿する。日に15〜20回にもなるが、乳児に声をかけると共に、「おむつ」を取り替えることで徐々に快・不快の皮膚の感覚が育っていく。
1歳近くなると膀胱の容積が増え、排尿の感覚も開いていく。排尿、排便の際に乳幼児の表情でサインを出す。しかし排泄を子ども自身がコントロールするには筋肉の運動が十分に発達していなければならない。筋肉を調整する括約筋は1歳から2歳にならないと成熟せず排泄を調節できない。排尿、排便の自立が出来るようになると、子どもと親、保育者の間には、以前にもまして信頼関係が育ち、そのことはその後の人間関係の確立に大きな意味を持つ。
尿意や便意を感じたら、それにしたがって適切な場所で排泄できるようになることが、排泄の自立である。その目安は2歳前後である。その際、親や保育者たち大人の側に早く自立をさせたいという気持ちがあって、子どもを叱ったりすると、排泄行為も不安定になる。
排泄の習慣の自立は、子どもの日常の生活や人間性の育成において大切な意味を持つといえる。


8.睡眠の意義と習慣のつけ方
睡眠は脳の活動水準の一時的な低下であり心身の疲労回復させるものとして大切である。またそればかりでなく、大脳の代謝にとっても大切で、人の成長・発達の基礎になるものといえる。睡眠の形態や量は年齢などによって異なる。昼間は覚醒して夜は眠るといった一日一回の睡眠型を単層睡眠、一日に頻回眠るものを多層睡眠といわれている。乳児期には後者の多層性睡眠型をとり、一日に10時間の睡眠を数時間ずつ小睡眠を繰り返している。が、成長と共に単層睡眠に移行していく。この変化は脳を中心として身体全体の発達を示す重要な目安といえる。
新生児は睡眠と覚醒をほぼ一定のリズムで繰り返し交代させながら、一日に18時間ぐらいを睡眠状態で過ごしているが、成長と共に単層睡眠に移行していく。
ひるね(午睡)
乳児期は一日の必要睡眠量を夜間だけでなく日中の睡眠によって昼寝で補う。加齢によって昼寝の時間のパターンの変化が見られる。新生児は起きたり眠ったりで一日を過ごしている。1歳ごろまで午前と午後の一回ずつの昼寝がある。それを過ぎると午後一回の ペースへと安定してくる。
眠りが足りないと機嫌が悪くなり訳の分からないことを言って愚図る。
睡眠の役割は心身の疲労の回復にあるが時間の長さは年齢や個人差に関係してくる。
昼寝は一日の生活のめりはりとなるが幼児に無理に昼寝の時間だからと強制をしないことが望ましい。静かな音楽やゆっくりしたリズムの御伽噺など聞かせるうちに一人で睡眠が出来るようになる。
よく眠るためには目覚めている時間に心身に満足のいく活動性の遊びをすることが必要である。乳幼児の場合には十分なスキンシップや声をかけてあげたり、外遊びや散歩などで、心身を眠りに向けて十分リラックスをさせたい。
家族の生活行動が夜型の場合、子どもは朝の起床が遅くなるという悪循環が続く。その結果、朝ご飯を抜いて登園する。その結果、健康に悪影響が現れてくるので留意したい。


おわりに
これからの教育には、画一的な人間を育てることではなく、自分らしさを発揮して、心豊かに意欲を持って生きる力の育成が求められている。 しかし、子どもの教育のうち、基本的生活習慣の自立は、子どもの健康と成長発達のために、いわゆる身辺自立しなければならない。
幼児教育は子どもの人格形成の基礎になりその後の生涯にわたって影響を与える。幼児教育は小学校教育のつけたしではない。発達の視点を幼児期から児童期へと連続的に方向付けていくことである。
37号は以上のような視点で述べ、その後、小学校低学年との連携を考えていく。
一人ひとりの幼児の発達の特性や行動の仕方、考え方などを理解して、それぞれの特性に応じ、発達の課題を提案していきたい。
〈引用文献〉
2)玉井美知子編著 『新しい家庭教育の実際』 ミネルヴァ書房 イラストを含め一部転載
3)イラストレーター 玉井眞知子