内閣府所管 公益財団法人 日本教材文化研究財団

研究紀要 第37号
特集:乳幼児期の探究II

家庭教育支援としての2歳児保育についての一考察
─やはた幼稚園の実践から考える─
浅見 均 青山学院女子短期大学 子ども学科 准教授
はじめに
1.家庭教育支援を視野に入れた2歳児保育のあり方
2.家庭教育支援を視野に入れた2歳児保育の試み (やはた幼稚園の取組から)
3.オレンジルームにおける親子の変容
むすび

はじめに

文部科学省は近年急速に幼児教育のあり方を見直している。即ち、一つとして、満3歳児保育が挙げられる。それは従来の学年による考え方つまり、満3歳を迎えた子どもたちが4月に入園するというあり方から、「幼稚園に入園することのできる者は、満3歳から、小学校就学の始期に達するまでの幼児とする。」という学校教育法第80条により満3歳の誕生日を迎えた翌日より幼稚園に入園できるというものである。つまりこのことは、それ以前より考えれば実質2歳児保育でもあるのである。そのことは幼稚園現場にはそぐわないあり方である。つまり、誕生日を迎えた幼児がぽつぽつと不定期に入園してくることになるのである。クラスの人数は常に変化していくのである。これほど落ち着かないあり方は当然受け入れられ難いので実施する園では年度当初より2歳児を受け入れてしまうという現実が出てきたのである。このことは、満3歳児に達する子どもでない2歳児には補助金がつかないということを意味するが、親の要望、保育のやり易さや、3歳児の安定した獲得などを考慮し、そのような2歳児保育を実施する幼稚園も出てきた経緯がある。そんな中、文部科学省は2006年12月4日付の文部科学省幼児教育課よりの「事務連絡」として「幼稚園を活用した子育て支援としての2歳児の受け入れについて」を出し、「満2歳児に達した日の翌日以降における最初の学年の初めから幼稚園で受け入れることについては、今後は、幼稚園児として受け入れ集団的な教育を行うことではなく、幼稚園の人的・物的環境を適切に活用し、子育て支援の観点にも留意しつつ、個別のかかわりに重点を置いた形態として受け入れることにより進めることを考えています。この幼稚園への受け入れは、学校教育法第80条に規定する幼稚園児としての入園を想定したものではありませんので、ご留意願います。受け入れにかかる留意点については、今後、通知などを行う予定です。・・・」というなんとも歯切れの悪い、判りにくい表現で実質2歳児保育を容認するとも取れる通知を出したのである。

幼稚園の現実の姿として、平成20年度の、ある幼稚園の募集要項をHPより見ると「幼児期の経験は人間関係にとって、とても重要です。本園では2歳児教育の重要性を考慮し、2歳児クラスを開設しております。家庭における教育の手助けとして、そして幼児期の生活習慣などの基本的な能力の育成をねらいとします。・・・」という保育のねらいを持って「4年保育(2歳児)20名」の園児を募集している。さらに給食、園バス等も3歳児以上と変わらない内容で、保育時間も10時より14時20分までとしている。

つまり、現場では2歳児保育が文部科学省の指導の曲解によって行われている現実があるのである。

もちろん2006年10月よりつくられた「認定子ども園」においては、2歳児の保育は可能になっている現実もあるのである。

これらの現状の中で考えることは、2歳児はどのように育つべきか、ということである。子どもを中心に据えない保育が、現実には一人歩きしている感が否めない。

本論文では、子どもを中心に据えて幼稚園における2歳児保育を行うとしたら、どのような形がありうるのかについて、学校法人八幡学園・やはた幼稚園の実践から考察していきたい。

1.家庭教育支援を視野に入れた2歳児保育のあり方

文科省の生涯学習政策局男女共同参画学習課主催による「今後の家庭教育支援の充実についての懇談会」の中間報告が平成14年3月に出されている。従来子育て支援という言葉が多用されてきたが、最近文科省は家庭教育支援という言葉に代えつつあるように思える。基本的には同内容であると思われるが教育を打ち出すことにより、より教育的な部分に力点を置いた文科省の守備範囲としての表現になっているものと思われる。その中間報告によれば、家庭教育支援についての基本的考え方として「@家庭教育は親の責任と喜び」において、「家庭教育はすべての教育の出発点であり、乳幼児期の親子の絆の形成に始まる家族とのふれ合いを通じて基本的な生活習慣・生活能力、人に対する信頼感、豊かな情操、他人に対する思いやりや善悪の判断などの基本的倫理観、社会的なマナーなどを身につける上で重要な役割を担うものです。さらに、人生を自ら切り拓いていく上で欠くことのできない職業観、人生観、創造力、企画力といったものも家庭教育の基礎の上に培われるものです。子育てには多大な努力が必要であり、困難も伴いますが、親にとって子どもの成長は何ものにもかえがたい喜びでもあります。家庭教育は親の責任であると同時に、親の権利や喜びでもあるということを明確にし、親が子育てに喜びを見出せるような支援の在り方を検討していきたいと考えます。」(注1)と書いている。総ての教育の原点としての家庭教育、そこにおいて親が子育てに喜びを見出せるような支援のあり方はどうあるべきなのか。幼稚園における2歳児保育もこの視点に立ってのものであることが望ましいのではないかと考える。

2.家庭教育支援を視野に入れた2歳児保育の試み (やはた幼稚園の取組から)

2歳児保育について一つの答えを出し、実践している幼稚園がある。2007年4月より著者が共同研究を始めている東京都中野区にある学校法人八幡学園のやはた幼稚園である。
  やはた幼稚園では2歳児保育について、自我が急速に発達し、2足歩行が自由になり、探索活動が盛んになり、好奇心が旺盛になる発達の重要な時期を迎える2歳児に対して親はそのかかわり方に困難さを覚える。だから、この2歳の時期の環境を整え、子どもにとっては良好な発達を支援し、親にとっては適切な子どもへのかかわり方を支援することが重要であるとの考えを基本に据えている。そして、そこから導き出された答えが保護者参加型の2歳児保育である。
  やはた幼稚園の2歳児保育は室内の壁面がオレンジ色の保育室であることからオレンジルーム(以下やはた幼稚園における2歳児保育についてはオレンジルームという)という名称がつけられている。
  オレンジルームの概要はおよそ次のようである。

(1) 親子通園であり、基本的に親も一緒に保育に参加する
(2) 保育は毎週1回決められた曜日の午前中2時間を標準とする
(3) 定員は親子で10組
(4) 受け入れ体制(教員配置) 教諭3名
主担任1、副担任1、スーパーバイザー(副園長)1

≪オレンジルーム・日課表≫
※月、火、木、金 (水曜日は 9:20〜11:20)
9:30 までに登園・身支度、シール貼り
終了した子どもから自由遊び
※この間に製作などの活動をやりたい子どもから順に行っていく。
10:15

10:30
片付け・朝の会(絵本、手遊びなど)
(その日の様子で時間は前後する)
外遊び
※全体で製作が出来るようになったら、10:15に集まり、朝の会・製作・外遊びの流れになる。
11:00 片付け・おやつ
11:20 帰りの会
11:30 降園

この概要と日課表からわかるように、親子で週1回、2時間程度の保育を行うものである。前述のように、受け入れ体制にも特色があり、10組の親子に対して幼稚園経験20年あまりの主担任と、保育経験1年目の副担任そして保育経験50年の副園長がスーパーバイザーとして保育に加わるのである。老壮青のバランスの取れた体制をとっているのである。

保育の実践にあたり、家庭教育支援の観点から保育終了後に保護者に対して、親の出席カードと併用で、その日の感想などを記入してもらった。そのことから様々な親の声や気持ち、子どもへのまなざしの変容過程が伺えるのではないかと考えたからである。

(1)保育の実際

日課については上記したとおりであり、9時ごろからぽつぽつと親子での登園が始まる。保育者に迎えられ、靴を脱ぎ、荷物を自分のかごに入れて、入室、出席カードにシールを貼り、準備された保育環境の中で夫々に好きな遊びに取り組み始める。母親同士も挨拶を交わし子どもを見守りながら会話する。やがて、主担任の保育者がコーナーで魅力的な活動を始める。そこへやりたい子どもたちは集まってくるが強制はされない。時には親子での粘土遊びなども行われる。子ども一人で絵を描いたり、作品を作ったりすると近くで見守る母親に見せに行き、認められることにより子どもは充実感を覚える。そして保育者の下に行きそこでまた認められ、大事に作品を飾ってもらう。ひとしきり遊ぶとおやつの時間になる。母親たちも準備を手伝い、幼稚園の厨房からおやつが運ばれる。一応親子は別のテーブルが用意され子どもたち、保護者たち夫々でいただく。離れられない子などは親と一緒に食べることも自由である。食後は皿とカップは自分の手で片付ける。そこから少し遊んで、集会、手遊び。神社保育なので神様に挨拶をして、着席、呼名点呼、返事ができると周りの母親たちから拍手が起こる。そして絵本、紙芝居などを保育者に読んでもらう。次第に読んでもらいたいもののリクエストも出てくる。そして降園準備、出席点呼とあいさつをして帰っていく。およそそのような流れで保育が行われる。

(2)保育者の役割


a,主担任・副担任


担任は基本的にその日の保育の中心となって保育を計画し、進めていく。保育開始前の保育環境の設定、配置などを行い、登園してくる親子を迎え入れる。担任は子どもたちが「自分で行動する。」「自分で考える。」ということを重点に保育を進め、一人ひとりの子どもが欲求していることを常に感じ、受け止めながら刺激を損なわないようにしているということである。従って、保育を進めていく中で、「集まりましょう」、「座りましょう」など指示する言葉を使わずに、子どもが自分から動いてくる主体性を待つようにしているということである。また、「大丈夫」、「分かるよ」、「○○したかったんだね。」とその子のこころもちを受け止め、受け入れ、丁寧にその子に合った応答をしていくことにより、他者に自分が受け入れられることの心地よさや、認めてもらうことで自信へと繋げ、やがてそのことが自立につながっていくように心がけている。

主担任は子どもとのかかわりなどを中心的に行う役割を持ち、コーナーでの製作なども進めていく。副担任は全体を見渡し、それが必要なサポートを影から行っていく。それがチーム保育である。また、担任の重要な役割の一つには子どもとのかかわり方のモデルとして、保護者にそのあり方を伝えるということがある。それは子どもと担任がかかわっている姿から伝えるという消極的な伝え方を基本とする。親に感じ取ってもらうのである。


b,スーパーバイザー(副園長)

副園長は保育歴50年の超ベテラン保育者である。保育が始まると柔和な風貌の副園長がフラッと保育室に入ってきて、親の子どもとのかかわりについて気づいたときにズバッと指摘し、丁寧に説明していく。若い保育者にはできない重要な部分を担う。親たちも真剣な表情で受け止め、考えるときを持つ。

3.オレンジルームにおける親子の変容


a、男児K母子の変容

ここでは、男児Kの母子の記録を追いながら、その変容過程を見ていく。

Kは元気がよく、時々友達に手を出してしまうような子どもであるが、言葉がままならない2歳児においてはよく見られる姿であるようにも思える。ここでは、保育者のKの個人記録と、保育終了後の母親のその日の感想からその変容を探る。


5月8日
<保育者の書いたKの個人記録>
線路が繋がらないから一緒にやろうと担任を探しに来る。どうしたら繋がるかをいろいろ試したり、考えながらとりくんでいた。嫌なときに手が出る、物を投げることあり。手形取らず、絵を貼る。
<母親の感想>
男の子なので、ちょっと乱暴なところもあって、お友達に怪我をさせてしまわないか心配な時があります。

6月12日
<保育者の書いたKの個人記録>
奇声・手が出ることが目立つ。自分の前にいた子を追いかけて後ろから押したり、遊んでいるところに乱入したり、泥水を投げる。その都度声をかけ、その時は収まるが繰り返し行う。言葉がまだまだなのと、自分の中でもどかしいのか、何もしていない子に対して手を出してしまう。
<保育者の書いた母の記録>
遠くで声を掛けて注意をしている感じで「あ〜ごめんね」と謝り方が軽い。
<母親の感想>
まだまだ嫌々が多いですが、やっと親の方が慣れてきた感じです。外で愚図られるとやっぱり大変ですが・・・。

7月10日 1学期最終日
<保育者の書いたKの個人記録>
おもちゃの取り合い(友達が使っていると欲しくなる)など、数回トラブルがあった。また奇声を発してのアピールもあったが、声を掛け、例えば「Kくんのよ。」と同じおもちゃを渡すと素直に聞き入れ、友達に返す姿があった。聞く耳を持つことができ、彼なりに落ち着いた気持ちで過ごしていた。うちわ製作も楽しみ、うちわに付いた糊を濡れタオルで落としてあげるとそれが気に入った様子で、自分で糊をつけては拭き取っていた。
<保育者の書いた母の記録>
Kが泣いたり、トラブルを起こした時の対応の仕方が上手になり、また落ち着いてきたように思う。母に、今日のKの様子(聞く耳を持っていたことなど)を伝え、夏の間に煮詰まらないよう気にしないように伝える。
<母親の感想>
オレンジルームは、Kも私もいつも楽しみにしていて、参加できて本当によかったと思っています。やんちゃで頑固で乱暴なところもある息子ですが、先生方にはいつも気を配っていただいて、Kものびのびと遊べているようです。まわりのお友達にも迷惑をかけてしまうこともしばしばありますが、お母様方にも理解してもらって感謝しています。いろんな葛藤の中で少しずつですが、成長しているようで、大変なこともありますが、今この時期を大切にしていきたいとオレンジルームに来るたびに思います。今後も親子共々よろしくお願いいたします。夏休み明けのオレンジルームを楽しみに待っています。ありがとうございました。

10月16日
<保育者の書いたKの個人記録>
生活・動きに落ち着きが見られる。絵の具に興味を示した時、机がいっぱいだったので「Kちゃんの紙もあるから、机が空いたら呼ぶね。」と声をかけるとおちついて待っていた(以前は待つことができず、割り込むか怒って泣いていた)。赤・青・黄色と色の混ざる様子を楽しんだり、大きく表現することができた。芝生で滑り台をした時も上手に順番に滑ったり、部屋では新聞紙のボールを使ってYと投げっこをしたり、友達との関わりを楽しむ姿が見られた。
<母親の感想>
だんだんとお友達と仲良く遊べるようになってきて、周りの世界がぐんと広がってきたみたいです。一緒に遊ぶ楽しさが分かってきたようで親としても嬉しいです。

11月27日
<保育者の書いたKの個人記録>
外で三輪車に乗りたくて何度も出て行く。1周したら戻ってくるよう促すと、納得して戻ってきたり、帰りの挨拶をするために戻ってくるようになった。母子分離については、遊んでいる時は離れることができるが、工作やお料理が完成すると「ママに見せる。」と会いたくなるので、何度か下りてきてもらう。朝の会などには参加せず。魚釣りの製作は気に入ったらしく、しばらく遊んだ後、「パパに見せよう。」と嬉しそうに言っていた。
母親は2階で待機しながら、呼ばれると下りてくる。
<母親の感想>
いよいよ「イヤ」が激しくなってきました・・・でも、まだそれほど頑固ではないのですが、「じいじ」のことを「好きじゃない。」とか連発するので、ドキドキします。まだママは好きじゃないとは言わないのですが・・・いつまで続くのかと心配です。

12月11日 2学期最終 Kの母の感想
 気がつけば今年も終わりに近づいて、Kも夏休みを過ぎてから大分心も体も成長したなあと、今振り返ると思います。その時その時は必死に向き合っているので、日々の成長に鈍感になることもしばしばですが、オレンジルームに通い始めた頃に比べると、随分お兄ちゃんになったと思います。嬉しくもあり、少し寂しい気もしますが・・・私自身もオレンジルームに来ると、冷静にKの性格や癖なども把握できる気がしてとても有意義に過ごすことが出来ています。来年は少しずつママから離れられるようになって、4月から元気にこちらに通ってくれると嬉しく思います。

以上、保育者の記録からの子どもの様子、母親の感想に見る母親の思い、保育者の母親への思いなどを拾ってみたが、ここから様々なことが読み取れるのでそのことについて少し考察する。

Kは、5月8日オレンジルームに来て1ヶ月が過ぎ、保育者にも慣れてきた様子、また、どうしたら線路がつながるのだろうなど自分で考える姿も窺える。友達に手を出したり、物を投げてしまうことがあり、母親の感想はその乱暴さに言及している。自分で考えようとする態度など良い面が目に入らない様子が窺える。

6月12日担任は「言葉がまだまだなのと、自分の中でもどかしいのか、何もしていない子に対して手を出してしまう。」ことを指摘、さらに親のかかわり方が遠くで声を掛けるなど少し腰が引けている様子を指摘している。母親は自分自身が園にやっと慣れてきたこと、子どもの対応に手を焼いている感じを出していることが読み取れる。

7月10日は1学期最後の日であるが、Kのトラブルは相変わらずであるが、保育者は丁寧に穏やかに言って聞かせると素直にKが受け入れる様子を記録している。これは、そのようなかかわりを通して母親に対してもかかわり方のモデルを示しているということもいえよう。

保育者は1学期を振り返りKの成長ぶりを母親に伝え励ましている。また、かかわり方の進歩を評価する記録が残っている。母親の感想では、Kがオレンジルームを楽しみにしていること、Kがのびのびしているなどプラスの評価を子どもに対してできるようになっている。また、他の親と一緒に育てているという感じも持っており、オレンジルームでの出会いを感謝していることから、親が落ち着いてきていることが理解できる。

2学期になり10月16日の記録では、Kが遊びの中で待てるようになってきたり、落ち着きを見せていることを担任が評価している。母親は、友と仲良く遊べるようになり、世界が広がったとプラスの評価をし、嬉しいと書いている。

11月27日、Kはとても落ち着き、聞き分けもでてきている様子が伺える。なれてきた子どもの親はオレンジルームの2階で待機して母子分離をはかっているが、まだでききれないKの姿がある。母親の感想は、園での姿は成長が見られるせいか、家庭でのKの様子について相談のように記している。一つ山を乗り越えると、また新たな心配をする姿とともに、園以外のことを書くほどに保育者との信頼関係ができてきているとも見える。2学期最後の感想ではKの成長について冷静、客観的に見ることができるようになった自分をも振り返っている。子どもも親も育っていることが確認できる記録である。


b、スーパーバイザーのかかわりからの親の変容

副園長がスーパーバイザーとして存在することは前述したが、スーパーバイザーの役割は山椒の実的なぴりりと辛い部分である。常にいるわけではなくフラッと現れて適切なアドバイスをするのである。

Nの母親が登園するなり「朝、兄の見送りなどがあり、急いでいたところ、こういうときに限ってNがちゃんとやらないことにイライラして、怒ってしまったんです。Nが悪いわけではないのに・・・。」と担任に涙ぐむ。そこへ副園長が現れ「怒っちゃったの?だめねー。"ごめんね"って言葉にして謝りなさい。もう繰り返しちゃだめよ。」といってポンと母親の方に手を触れた。その一言で母親ははっとして笑顔に戻ったという。人柄と経験の重みがなせる業であろう。親に成長してもらうにはとても重要な役割を果たしているといえよう。少し年上の担任ではできないことである。

むすび

幼稚園における家庭教育支援を視野に入れた2歳児保育のあり方について、やはた幼稚園の取り組みから考えてきたが、この他にも特色ある取り組みを各園で行っていることと思う。しかし、ここに述べたやはた幼稚園の取り組みは、一つの理想形ではないかと考えている。一つに受け入れの態勢が、スーパーバイザーと主担任と副担任というバランスであった。スーパーバイザーからは、親への子どもの見方、考え方へのポイントを押さえたアドバイス、主担任からは子どものかかわりのモデル、副担任からは細かい側面からの支え、それぞれが絶妙のバランスで機能していた。それは、親の様々な不安や疑問に多様に応答してくれる態勢であった。また、幼稚園の中にあるオレンジルームは、3歳以上の幼児の生活する姿を見て、親は自然にわが子の成長の道筋を感じ取る。子どもは、園舎の反対側にあるオレンジルームからやがて幼稚園に行って生活するのだということを感じ、導かれていく。オレンジルームの保育環境に目を遣ると、積み木、粘土、砂場、木でできた肌触りのよいシンプルな形をした、ままごとなどが準備されている。これは子どもが主体的にかかわることによって、それぞれの環境が多様に応答してくれる可塑性に富んだ環境である。応答的で可塑性に富んだ環境は子どもの想像力や創造性を育み子どもをよりよい成長に導く。もちろん保育者や友達も重要な応答的環境といえる。また、子どもの過ごす環境として親も参加する保育は安心感を与え、情緒も安定する。親に見守られ、何か作ったり、描いたりすると先ず親のところへ飛んでいき、見せて受け入れてもらうと安心して、また活動を始める。2学期後半になると徐々に母子分離が出来てきて、親の存在がなくとも保育者と友達の中で遊ぶようになる。親は2階で他の母親と談話しながら待機する。何かあると親の元にすぐ行ける。集団生活への助走期間とも言える曖昧な時期も含んでいることは子どもの自然な母子分離にとって重要であるといえよう。

3歳児神話の崩壊と言われ、母親が3歳まで育てないと子どものその後の成長に悪影響を及ぼすということが否定され、子どもは乳児期から親以外の他者としての保育士などが育てても、全く問題ないということが強調され、女性の社会進出を促す流れが確立されつつある。3歳児神話に根拠があるとは言わないが、子どもはどう育つべきかということを考えると乳幼児期の子育ての中心は家庭教育になくてはならないということは間違いないことだろう。そのことを考えると、やはた幼稚園の取り組みは一つの回答であるといえよう。子どもが生まれて初めて女性は母になり、男性は父となるという、夫婦がゼロから始まる関係である。かけがえのない乳幼児期を子どもも親も愉しく豊かに共有したいものである。


共同研究園:学校法人八幡学園 やはた幼稚園
共同研究者:園長 関政子・教諭 坂本佳代子

〈参考文献〉
無藤隆 他「幼稚園の2歳児の保育と子育て支援」小学館 2007年

(注1)『「今後の家庭教育支援の充実についての懇談会中間報告』文部科学省 生涯学習政策局男女共同参画学習課 平成14年3月8日