1.トロントにおける子育て支援
2.NP(Nobody's Perfect) プログラムについて
おわりに(日本の子育て支援に思うこと)
はじめに
1980年と2003年に関西で3歳以下の子どもの子育てをしている母親に行った調査比較研究によると、
- 小さい子どもとの接触経験がまったくないままに母親になった
- 身近に子育てについて話ができる相手がいない
- 子育ての負担感やイライラ感、育児不安を感じる
といった項目で顕著な増加が見られたという。初めての子育て体験は、誰にとっても不安なものであるが、この20数年の間に子育て中の母親の孤立感や育児不安が増加しているということが示されている。いったい、なぜ、子育てが不安と孤独な営みへとますます変わってしまったのだろうか。
私自身、臨床心理士として、非行を含めた様々な問題行動を起こした思春期の子どもを持つ母親と面談するなかで、「私の育て方が悪かったから・・・」「どうしてこうなっちゃったのか」「子育てはずっと辛いものだった」と子育てに対する後悔と自責に肩を落としている母親と向き合うことが多い。それまで母親が担ってきた子育てがどんなに孤独で苦しい営みであったかを痛感する。とりわけ発達障害が疑われる子どもである場合には、子どもの持つ障害が外見からは分りにくいだけに、親自身も戸惑うことが多い。
もし、母親の子育ての辛さや悩みを身近で真剣に聞いてくれる人がいたなら、もし、発達途上の子どもに向き合う知恵や的を得た情報がタイムリーに母親に与えられていたなら、親子の関係はもっと違っていたものになっていたに違いないと思えることも度々ある。
核家族化、都市化、情報化が進む中での子育てにおいて、不安なく子どもに向き合えるためには地域の中でどのような支援が必要とされているのであろうか。また、現在行われている支援は母親のニーズに合っているものであろうか。
今回、8日間という短い期間ではあったが、子育て支援センター主催によるトロントの子育て支援施設やそこで行われている活動を見学する機会に恵まれた。子育て支援のモデル都市と言われるトロントで見学した施設の紹介を中心に、わが国の子育て支援が抱えている課題を考えてみたい。
1.トロントにおける子育て支援
地域に知り合いがいない孤独な子育てをしている母親にとって、気楽に子どもを連れて行ける場があることは何よりも心強いものである。
トロントは、人口530万人で、その約50%を移民が占めている。様々な文化、言語や価値観をもった人々で成り立つだけに、子育て上の苦労も大変なものがありそうである。しかし、カナダは、先進国でありながら母親が比較的不安を持たずに子育てができる国だと言われている。なぜなら、母親が必要としている社会的支援を提供することに成功をしているからだ。なかでもトロントは、地元の大学機関と連携して、子育て支援の専門家や実践家を多く輩出している子育て支援のモデル都市でもある。
そうした経緯もあり、トロントは10年ほど前から日本の保育関係者の注目を集めている。孤立しやすい子育て環境を、どのような子育て支援の提供や活動、工夫で乗り越えていったのであろうか。
(1)トロントのファミリー リソースセンターについて
ファミリー リソースセンター(家庭支援センター)は、地域の子育て支援の中心的役割を果たしている施設である。トロントは44の地区に分けられ、それぞれの地区に数個ほどのファミリー リソースセンターが設けられている。
「ファミリー リソース」と言うのは「家族の資源」と言う意味である。その「家族の資源」には二つの意味合いがある。一つは、子育て中の家族にとって必要な情報、出会い、場所等、子育てに活用できる全ての資源という意味である。ファミリー リソースセンターは、そうした情報、資源が得られる場所である。二つ目は、健全な子育てをしていく上で家族が持っている長所(家族のもつ資源)という意味である。
ファミリー リソースセンターは、家族の持つ資源を活用することで、子育てに向き合う自信を与えていこうという関わり合いをとても大切にしている。親が自分でも気づかなかった自分の資源に気づき、子育てに自信をもって取組めるような自主参加型のプログラムや情報が得られる場所となっている。
(2)トロントのファミリー リソース センターの誕生の歴史と資金について
トロントのファミリー リソースセンター誕生の歴史は、30余年ほど前に遡る。
1970年代は、デイケアの数も少なく、学校に併設されている幼稚園も少なかった。そのため、多くの母親は自宅で子育てをしていた。こうした背景の中で、子育て家族の連携が生まれ、1970年代中頃には、おもちゃ図書館が開設され、多くの親が活用し始めたという。
連携を始めた親たちはお互いを助け合い、定期的に会合を持ち、会としての形を整えていき、家族をサポートするためのプログラムをしていった。今では、こうした草の根から誕生したファミリー リソースプログラムは、代表的なNP(Nobody's Perfectプログラム)を始め200に上ると言われている。
また、親同士のネットワークの中だけでは解決し難い問題を抱えている家族は専門の地域のボランティア団体や教会に紹介され、地域内の組織の役割分担とネットワークが築かれていった。
当然、こうした活動には資金が必要とされるが、州政府の助成金(federal grants)が地域のグループに対して利用されるようになった(LIP助成金 Local Initiatives Program grants)。さらに、こうした地域の援助ネットワークはメンタルヘルスの予防の役割も担ってるという認識を得るようになり、慈善団体からの資金も集められるようになった。
以上の経緯により現在、ファミリー リソースセンターには公的な資金助成がなされているが、それと同時に慈善団体による資金提供が発達している。今回、訪れたファミリーリソースセンターでも、寄付をしてくれた団体名や個人名が入り口や部屋の目立つところに掲げてあった。案内してくれたスタッフの説明によると、「センターを利用する人が目に付く所に掲示してあることが、私たちの感謝の気持ちでもあるのです」とのことであった。政府の補助金だけに頼る運営は、政策変更で影響を受けることも多いことから、多様な資金源を持つ努力と工夫がなされているようである。
(3)トロントのファミリー リソースセンターで大切にされている親への対応
カナダでの研修の2日目に、ファミリー リソースセンターで相談事例検討会が持たれた。事例としては、経済的に恵まれないところにあるファミリー リソースセンターにひょっこり相談に現れたシングルマザーに関するものであった。
母親の相談内容は「電気代は払ったはずなのに、電気が止められてしまい困っている。どうしたらいいか」であった。
ファミリー リソースセンターのスタッフが母親から話を聞くうちに、母親はイライラするとお酒に頼ってしまい、定職につけないといった悪循環を繰り返していること、また子供はかわいがっているものの、経済的に苦しく子育ても十分に行えていない生活ぶりであることを理解した。
こうしたケースに対するスタッフの母親への対応は、アルコール依存を断ち切るためのプログラムや自立できるまでの母子支援センターへの入居への情報等を一方的に与えるだけでなく、母親自らが今後も地域のセンターと繋がり、自分の問題に向き合っていけるような支援を心がけているとのことだった。
このケースの場合は@母親自らがファミリー リソースセンターに相談に来れたA母親は何らかの障害が今の生活にはあると認識出来ているB子供をかわいいと思えているC公的援助を受けずになるべく自立した生活がしたいと心がけているということが母親のもつ資源として考えられた。
スタッフによる母親との繋がりのきっかけ作りも、母親の資源を活用することに重点が置かれているようであった。
(4)ファミリー リソースセンターにおける支援メニュー
ファミリー リソースセンターは地域の子育て家庭の他に様々な支援を行っている。「保育」「精神衛生」「栄養学」「福祉」「職業訓練」「親のエンパワーメント」等、多様な親のニーズに応えるために施設の有効利用がなされている。移民が多いため、いくつもの言語に対応できるスタッフがいる場合が多い。初めての使用時には、登録が必要で、年間利用料金がかかる(130カナダドル位)。
午前中は、後で詳しく述べるドロップインとして用いられたり、他の部屋では、子供から大人までのあらゆる年代層のため様々なプログラムが企画・施行されている。午後は午前中ドロップインとして使われていた部屋が、一時保育のナースリーや学童保育として用いられたりする。施設用途に応じた多目的利用がなされているのである。
以下はファミリー リソースセンターの主な支援メニューである。

公民館活用型のリソースセンター

トロント郊外にあるファミリー
リソースセンター入り口
ドロップイン(drop-in)のもともとの意味は「ぶらりと立ち寄る場所」という意味である。部屋の中はいくつかのコーナーに仕切られていて、コーナーごとに色々な遊具が置かれてあり、親とナニー(nanny、ベビーシッター)が、子ども達とぶらりと気軽に立ち寄って遊べる場となっている。
親子のニーズにあった様々なプログラムが用意されており、月ごとの予定が組まれている。掲示板には、近接のファミリー リソースセンターのドロップインでのプログラムも紹介されている。ホームページでも今月のプログラムが公開されているため、親はプログラムを確認して自分のニーズにあった複数のファミリー リソースセンターでドロップインを利用することができるようになっている。
施設により多少の違いはあるものの、利用時間は月曜日から金曜日の午前9時から正午までとなっている。毎日90人前後の親子が訪れるというあるドロップインでは、スタッフは、常勤2名、地元の連携大学からの実習生1〜2名、ボランティア3名で、一日最低3名は確保できるようにシフトが組まれている。
ドロップインでは、子どもの行動には親が責任を負うことになっているからだろうか、親同士が話しに夢中になって子どもが勝手に遊んでいるという光景はほとんど見られなかった。
A緊急の短期預かり保育
親の緊急の用事など(病院にいく、仕事を探しにいく、ストレス回避のための休みなど)の際の、2〜3時間の預かり保育。定員があるので、予約が望ましい。9時から午後3時半ぐらいまで。費用は仕事についているかどうかで異なる。(センターにより異なるが、仕事についている場合:1時間に1ドル、 無職の場合:1時間5ドル)
B子育てに関する情報提供
職場復帰のための情報。ナニーの応募と募集の登録。

貸し出しのおもちゃ棚
ほとんどのドロップインでは、登録すればおもちゃや本などを借りることができる。貸し出し記録は行う。期限は施設により異なるが、無料で2週間単位で貸し出される。延長も可能である。適応年齢が記載されたおもちゃのカタログもあるため、子どもの発達に応じたおもちゃを選ぶことができる。
見学した幾つかのセンターで、紛失や破損のトラブルにどう対応しているのか尋ねたところ、「そんな問題は今までほとんど起きていない」「まったく問題ない」と一笑に付されてしまった。メンバーへの信頼がないとできないことであろう。しかし、帰国後、ファミリー リソースセンターの成り立ちの資料を整理していたら、オモチャの貸し出しが開設された当初は貸し出されたオモチャが期限内に戻ってこないといった問題にぶつかっていたということが分かった。今ではオモチャ図書館の存在を当たり前のように利用しているトロントの人々であるが、ここに至るまでには多くの試練があったようだ。
わが国では、オモチャの貸し出しはまだまだ珍しい。しかし、日本でもボランティアに支えられ、開設時間と場所に制約はあるものの、主に障害のある子どもたちを対象に、全国500ヶ所でおもちゃ図書館が活用されている。(◆財団法人 日本おもちゃ図書館財団)短い期間で飽きてしまうオモチャの貸し出しが可能であれば親も助かるだろう。

持ち出し自由の
衣類本棚
子供から大人用まで衣類はリサイクル用の棚があり、きれいにアイロンがけされ、整理されている。大人用のジャケットなどは、場所をとるので別の場所に整理されてあった。何着でも持っていっていいとのこと。持ち出し記録は特にない。
缶詰などは賞味期限内のベビーフードがたくさんリサイクル箱に入れてあった。これも持ち出し自由とのこと。経済的に恵まれていない地域にあるファミリー リソースセンターでもあったので、「一度にたくさん持ち出されることもあるのでは?」とスタッフに質問してみた。しかし、「大丈夫、皆が自分に必要な分だけを持っていくから、そうした心配はいらない」とのことだった。
Eキッチン
プログラムの途中でのおやつタイムなどに使用する。自由にキッチンが使用できるようになっている。
子どものための栄養教室にも使用されたりする。

ドロップインで歌を楽しんでいる母子達
見学中、初めてドロップインを使用するという1歳代の子供を連れた若い夫婦がやってきた。早速、ドロップインでの登録を済ませると、母親と子どもはドロップインで行われていた歌のプログラムに母子で参加し、父親は2階で行われていた「紫外線対策から皮膚を守る」といった健康プログラムを受けていた。
ファミリー リソースセンターでは、親の養育力を高めることが何より大事と考えられているため、後で解説するカナダ全土で普及しているNobody's Perfect Program(以下NPプログラムと省略)をはじめ、ワークショップやプログラムが多数行われている。「子どもにとっての遊びの大切さ」「読み書き能力の促進」「様々なトラブルの対処法」といったものから、離婚、再婚で家族の形態が変化することも多いため、「親の離婚を子どもが理解するために」「父子家庭の子育て講座」など、離婚による子どもが受けるダメージを少しでも和らげるための対応講座も設けられている。その他にも、カナダ独自のものとして「同性愛者カップルのための親講座」など、様々なプログラムが用意されている。
(5)特別なファミリー リソースセンター |
トロントにあるオンタリオ州立Messy Centreは、保育園・オモチャ図書館・ドロップインを兼ね備えた併設型の子育て支援センターである。このセンターの特徴は、望まない妊娠をして、若くして(ほとんどが高校生の年齢)母親となった子どもたちが、センター内にある母子寮に入りながら、センター内の高校(寮からセンター外の高校に通学も可能)を終了し、母親として自立することを支援する場所であるということである。
出産前、出産直後、出産後に応じて施設が分かれており、産前施設にはソーシャルワーカーや看護師、管理人がいて、24時間のサポートをしている。
様々な事情が重なり、帰る場所のない若い母親が多く、多くは基礎的学力もままならない状態で入学してくるケースも多いとのこと。センター内にある高校を案内してくれた高校教師によると、「小人数での指導が可能なため学習の楽しさに目覚める子どももいる。しばらく前に、街で偶然卒業生に出会ったら、「先生!私しばらく働いてから大学に入学して学位もとり、今はりっぱに仕事もしているんですよ!」との報告を受けて、本当に嬉しかった。」とエピソードを語ってくれた。
2.NP(Nobody's Perfect) プログラムについて
(1)NPプログラムとは
NPプログラムは、0歳から就学前の乳幼児を持つ経済的に恵まれない若い親たちが自信を持って子育てができるようにと作られたものである。1980年代にカナダ東海岸4州の保健機関が共同開発し、今もカナダ全土で実施され予防的効果をあげている。参加者が8人から10人集まると、原則として週一回、訓練を受けたファシリテーター(facilitator、推進者)の立会いのもとで2時間ほどのセッションが行われる。6回から8回でワンセットとなっている。
このNPプログラムを日本で正規に全セッション行うには、NPプログラムのファシリテーターの認定が必要とされる。 ファシリテーターと親は共同学習者であるが、ファシリテーターは効果的な親中心の学習を可能とするために、以下の3つの要素を大切にしなくてはならない。@(エンパワーメント)親の長所を活かし、それを活用することで、親に自信を与えるA(安心)親が否定されず安心してプログラムに参加できるB(参加)親がプログラムに積極的に参加できるように配慮、工夫する。
NPプログラムは、母親が完全な親になることを目指すプログラムではない。完全な親など最初から存在しないということを認めることで、自分に必要な支援を求めることを恥じることなく、子育ては楽しんでいいものなのだということを教えている。完全な親でないからこそ、子供について学び、理解する姿勢が大切にされるのである。 参加者は母親だけでなく父親も対象となる。父親だけのグループ参加でプログラムが行われることもあるという。
(2)NPプログラムの基本的概念
トロントのNPプログラムで大切にされている基本的概念には以下の二つが挙げられる。
@相互学習者(支援者と支援を受ける者の問題)
子育ての正解を知っている支援者が上から導くのではなく、支援者も支援を受ける側もここでは相互学習の平等な学習者である。子育ての正解を知っている支援者と知識を受ける弱者という関係ではなく、支援者は親の長所を活かし、親が潜在的に持っている自分で解決できる力を出せるように導いていく(empowerment・エンパワーメント)。
NPプログラムだけでなく、今回訪問したファミリー リソースセンターのスタッフ達は、親をエンパワーメントすることが大切だということを力説していた。援助を求めている人はけっして無力、非力な人ではない。今、目の前にいる人が持つ力(power)をさらに強めて(empower)いく関わり合いが基盤にされているからであろう。

トロントにおける家庭支援は、母親同士が話し合いを通して学ぶことを大切にしている。家庭支援センターで行われる様々なプログラムも、単に子育ての知識を与えるのではなく、参加者自らの気付きを大切にする体験学習がとられている。
そして、この体験学習では、経験したことの振り返り思考(reflective practice)が大切にされている。なぜなら、人間は経験しただけでは、必ずしも学ばないからだ。単に経験を積むだけであると、偏見や、思い込みが強くなり、新しいことに心を閉ざしてしまうこともありうる。子育てには先人の知恵は活かされるが、対応する子どもは一人ひとり異なる。毎日の創意と工夫が求められる。
経験したことを次の経験に活かしていくには、体験した事柄に注目し、自分の知識や信念に照らし合わせて、自分の感情や事柄への意味への気づきとそれを次の行動に生かしていくというサイクルが大切にされている。 (表1参照)
(3)NPプログラムでの使用テキスト
実際にカナダのNPプログラムで使われるテキストを手にして、日本の子育て中の両親にとっても有益な情報が多いことに驚いた。NPテキストの和訳されたものが「子育て支援研究センター」などで入手できる。
トロントでは、NPプログラムの参加者にはテキストが無料で配布される。話しあいのテーマは参加者が取り上げて欲しいものがとりあげてもらえるが、テキストの内容が話し合いの題材にされることもある。
カナダの保健省から、1987年に5冊のテキスト、「からだ」「安全」「心」「行動」「親」が出版された。その後、改定され、「父親」「感情」が追加された。「感情」以外は日本語版(2007年現在)がある。
原著のテキストは活字も大きく、カラフルな絵がふんだんに使われ、ページをめくるのが楽しみになるような絵本仕立てになっている。子育てに関わる場面にも父親が描かれているものが多く、子育てにおける父親の出番を期待されていることが読み取れる。
以下、テキストの内容を紹介する。
ア「親」(parents)編

カナダのNPプログラムで
使われているテキスト
まず、注目すべき点は、親も決して完璧な人間ではないのだから、完璧な親になろうなんて無駄なエネルギーを使わないことだと最初に述べられていることである。
子供を愛して、何より子供との関わりの中で親が楽しいと思えることをやればいいのだと教えている。
また、子どもの自尊心を育てるためには、まず親が自尊心を持てることが大切であると説かれている。子育て中の母親は自分のことは総て後回しにしてしまいがちになる。しかし、ほんのわずかな時間でも自分だけの時間を持つことが、子育ての質を高めることにもなるのだと強調されている。子育てに忙しい中であっても、自分を大切にする気持ちを持つことが、育児に向き合う心の余裕を与え、子どもと向き合うエネルギーになっていくからである。
「自分のための時間を持ちなさい」という項目では、子育て中の親に必要なものとして次のようなものが挙げてある。
- よく食べること。
- 十分な休養を取る事。
- 活動的であること。
- 新しいことを学び、やってみること。
- 楽しむこと。
- 毎日、ほんの少しでいいから、一人の時間を持つこと。
- 他の、大人と話したり一緒の時間を持つこと。
- 心身共に満たされていること。
イ「心」(mind)編
子どもたちが健全に育つには、「安心」「愛されている」「守られている」といった感情の獲得が必要である。これらの感情獲得は自己信頼感の獲得にも繋がり、人生を通して心の強靭さの基盤になるものである。
「心」のテキストでは、0歳から5歳までの子どもの発達段階を5つに分けて、年齢に応じた「安心」「守られている」「愛されている」といった感情がしっかり獲得されるために親として子どもとどのような交流をもつべきかが書かれてある。子どもは決して受身的な存在ではなく、自ら学び、遊び、考える自発的な存在であり、親としてどのような刺激の与え方が望ましいかが書かれてある。
ウ「しつけ」(behaviour)編
子どもに場に応じた行動習慣を身に付けさせるための望ましい親の働きかけが具体的にアドバイスされている。噛み付き行動、かんしゃく、爪噛みなどの神経症的な行動を含めた子どもに起こりやすい問題行動への対応も書かれてある。
子どもを怒鳴ったり、大声で叱ったりして子どもに適切な行動を学ばせるのでなく、子供を萎縮させずに、子どもの発達段階にあわせた適切な行動への導きができるような具体的な助言が述べられている。
エ「安全」(safety)編
台所やお風呂場など、ごく日常の家庭生活の場であっても、小さな子どもにとっては危険が溢れている。家の外でも自動車事故・変質者といったように、子どもたちの安全な生活を守るために親として知っておかなければならないこと(事故・怪我の予防)が沢山ある。
「安全」のテキストでは、こうした親や子どもの不注意による事故・怪我の予防策のために親としてできること、知らなければならないことが書かれてある。万が一事故や怪我をしてしまったときの、応急手当や緊急の対応策も書かれてある。
オ「からだ」(body)編
大きく2部構成になっていて、前半は、子どもの健全な心身の成長を助けるために親としてどのような援助行動ができるのか、どのような環境づくりをしていってあげればいいかが述べられている。後半は喘息や夜泣き、下痢といった子どもがかかりやすい病気に対してどのように対応したらいいのかなど、子育てに不慣れな親が子どもの身体の不調に落ち着いて対応できるポイントが述べられている。
カ「父親」(fathers)編
父親は母親とは違ったストレスや困難を抱えて子育てに向き合っている。父親として子どもの健康と安全にどのように関わっていけるのか、母親(パートナー)と子育てについての意見が対立した場合にはどうしたらいいのか、父親としての怒りの感情の納め方、離婚になった場合の子どもとの面会の仕方など、父親が向き合う可能性のある課題への助言・知識が書かれてある。
以上がテキストの概略であるが、NPプログラムでもっとも大切にされているメッセージは、総てのテキストの導入部分に書かれてある「完璧な人はいない。完璧な親もいなければ、完璧な子どももいない。私たちにできるのは最善をつくすことであり、時には助けてもらうことも必要である。」という言葉であるといえる。
おわりに(日本の子育て支援に思うこと)
子育て支援の対象は、子育てに関心のある親や自ら支援を求めてきた親のみではない。一人で子育てを抱え込み、孤立している親、子育てに興味が持てない親、子育てに自信をなくしている親、様々な事情で仕事と子育てを一人で担っている親、障害のある子を抱えている親など様々な背景をもつ親である。 しかし、子育てに自信をなくし、助けを求めることさえできない親にどのように援助の手を差し伸べることができるのであろうか。 厚生労働省は平成19年度より平成22年度をめどに、生後4ヶ月までの全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)において虐待を含めたリスクアセスメントを実施するとしている。これにより行政による早い段階でのハイリスクを抱える家庭との連携が可能となることを期待する。
一般にリスクの高い家庭ほど閉鎖的になる。そうした家庭と繋がるのは繋がる側にとっても、忍耐と専門的対応が強いられる。20代の若い母親による虐待が増えている今日こそ、リスクの高い親をエンパワーメントしていける方法論とそれに関わる人々の組織的な養成は急務と言えよう。
さらに、こうした支援が必要な親に、「今の自分は支援が必要な存在なのだ」と自覚させ、援助が求められる場に自ら繋がることができるまでの自信を与えることが(エンパワーメント)、支援に関わる人々の任務であるということを忘れてはならない。
その一方、親自らも地域と繋がっていく力を育てていく姿勢も大切だ。カナダでは、親が地域と関わっていける力を育てようとするプログラムが用意されている。カナダ全土で広く用いられているNPプログラムで、「だれも完全な親はいない」と繰り返し教えているのも、完全でないからこそ、困ったときは、援助を求めていいことを母親達に知って欲しいからであろう。現在、日本でもNPのプログラムを行なえるファシリテーターの育成が3つのNPO団体で行われており、東京都内では2006年は33回のNPのプログラムが開催された。子育て拠点事業により、月1回以上のプログラムが義務付けられていることもあり、子育て支援のプログラムも少しずつ導入されている。しかし、その内容は自治体の人的・物的資源により落差が見られるのが現状である。
子育てに関する不安が地域の中で解消され、地域の中で子育てが支えられていると母親が実感する時、育児に安心と自信が取り戻せるのであろう。それだけに、母親が地域と繋がる力を養成できるようなプログラムの開発や導入、指導者の育成も大きな課題であるといえるであろう。
〈参考文献〉
A Nobody's perfect (1997 edition) published by authority of the Minister of Health (parents, mind, safety, body ,behaviour, fathers)
B Resources (Research and Practice with child-ren, youth and families)
C Nobody's Perfect 活用の手引き(カナダからの子育て・親支援プログラム) 伊志嶺 美津子(監修) ドメス出版
D 親教育プログラムのすすめ方 三沢直子(監修) ひとなる書店 (P.110図引用)
※子育て支援研究センター
〒113-0033 東京都文京区本郷2-25-6 いすずビル3階
TEL 03(5804)4188
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