2.ドメスティック・バイオレンスとは何か
3.DVによる被害
4.DVによる子どもへの影響
5.DV被害者への支援
6.おわりに
1.はじめに
近年、ドメスティック・バイオレンス(以下、略称DVとする)について、公共の場で論じられる機会が増えてきた。新聞やテレビなどメディアでの報道も増加し、一般の人々にDVの通称で知られるようになってきたが、正しい理解がなされているか否かは定かではない。
ここでは、DVとは何か、またDVとはどのような行為等をいうのか、DVが行われることによりどのような問題や影響があるのかについて明らかにしていく。さらにDV問題が及ぼす子どもへの影響について述べていくこととする。
2.ドメスティック・バイオレンスとは何か
英語の"domestic violence"の用語がそのまま日本でも用いられているが、"domestic"は「家庭内」、"violence"は「暴力」を意味し、直訳すると「家庭内暴力」となる。主に家庭内における夫から妻へ、あるいは妻から夫への身体的、心理的暴力を指しているが、配偶者と限定せず、事実婚や恋人などのパートナーから受ける暴力も入る。暴力をふるうのは圧倒的に男性が多く、女性が被害者になることがほとんどであるが、まれにその逆の女性から男性へのDVもある。
DVの形態は大別すると、次のような4タイプに分けられる。 @身体的暴力:殴る、蹴る、物を相手に向かって投げつけるなど、直接的に相手の身体に危害を加える行為をいう。こうした行為はたとえ夫婦間であっても刑法では処罰の対象となる違法行為である。 A精神的暴力:暴言を吐く、脅かすなどの言動で相手に精神的ダメージを与える行為をいう。精神的暴力により心的外傷後ストレス障害(略称、PTSDという)になる場合もある。 B性的暴力:嫌がっていても性的行為を強いることや避妊に協力しない、人工中絶を強要するなど、性交渉における暴力のことをいう。 C経済的暴力:生活費をほとんど渡さない、もしくは働かないなど経済的に逼迫する状態に置くなどのことをいう。妻の仕事を妨害することも含まれる。
このほか、友人との交際や近隣との付き合いを制限する社会的暴力もある。相手から受ける暴力は単独ではなく、2種類、3種類と重複している場合が8割近く占めている。

3.DVによる被害
夫やパートナーから暴力を受けることにより、被害者は心身ともに深刻な影響を受ける。暴力を受けた女性は、その状況から逃れられないと思いあきらめ無気力になる。加害者は相手を無能呼ばわりし、至らない点を責め立てて暴力に及ぶことから、被害者は自分を責めたり、罪悪感を抱くことになる。また、DVを受け続けることは恐ろしいが、経済的基盤を失う不安から別居や離婚をためらい、不本意ながら一緒に生活を続けることとなる。
(1)DVによる被害状況
DVを受けることにより、女性はどのような被害を受けているのか、身体的被害と精神的被害に分けてみると次のようになる。
暴力により顔や頭、腹部など全身にわたり怪我を負う。顔を殴られることによりあざができたり、鼻血や打撲、眼球出血、むち打ち、肋骨骨折、顔面骨折、やけどなど医療機関での受診が必要な場合もある。
A精神的被害
被害者である女性は加害者から暴力を受けない状態になっても、暴力を受けていたときの恐怖が消えず、不安感が高いほか、男性に対する不信感や恐怖があり、情緒不安定になるなど、精神科や心療内科への通院が必要な場合も少なくない。
(2)被害者が暴力を受けたときの心情
東京都福祉局「配偶者等暴力被害の実態と関係機関の現状」によると、被害者が暴力を受けたときの気持ちとして、第1位にあげられるものに「怖い・恐怖・脅え」がある。いつどこで暴力を受けるかわからないことから、脅えて生活し、恐怖のため助けを求めることもできない。誰かに話したり相談したことがわかったときに受ける激しい暴力を考えただけで、恐怖感が襲ってきて、常に緊張している状態が続く。第2位には「相手と別れたいと思う」ことがあげられる。このほか、「屈辱・悔しい・怒り」、「私が悪いから・私が至らないからと思う」「相手のことが嫌になる」等々がある。
暴力を受けている間に、社会との接点を断ち切られたり制限され、夫に罵倒され無能扱いされる日常生活のなかで、次第に自信を失い自己の能力を過小評価するようになることから、別居や離婚を言い出せなくなる。
さらに、問題を複雑にさせていることは、夫やパートナーである加害者が、時には優しく接し愛情を示すことがある。このため、いつか暴力が止むのではないか、またやり直せせるのではないかという期待感をもたせることである。加害者のなかには、殴る、蹴るなどの暴力をふるったあとで、自ら被害者を病院に連れて行き治療を受けさせ、とても暴力をふるったとは思えないほど親身に看病する姿がみられることがある。このような態度の豹変に驚きながらも、被害者は別れる決意をするのがますます困難となる。暴力のあとにみせる優しさは、どちらが加害者の本当の姿なのか、被害者が混乱するのも無理はないといえる。
4.DVによる子どもへの影響
DVにより引き起こされる被害者である女性への被害状況はこれまで述べてきたとおりであるが、DVの影響は暴力の直接の対象者だけに留まらないことである。家庭を形成する場合、子どもの存在がある。その影響が子どもにさまざまな形で現れることが、DVの根深い問題であり特徴ともいえる。
父親が母親に対して暴力をふるうことは、その子どもも暴力の現場を目撃し、母親と同様に被害者になる可能性が高い。DV暴力を見たり受けたりした子どもは、物音に敏感になったり憎悪感情を抱くほか、自殺企図や異常行動、チック症などのように心身症状が出ることもある。
また、母親や子どもがPTSDに陥る場合も多い。PTSDは、事件や事故、暴力等に遭い、強い心理的ショックを受けたことによって、1ヵ月以上にわたりその影響が続く精神的な後遺症のことをいう。PTSDの症状は、その時の事件の状況が突然記憶によみがえるフラッシュ・バックのほか、事件のことを思い出さないようにする回避症状、不眠や集中できないなどの過覚醒症状、抑うつ症状などがみられる。時間の経過とともに徐々に消失することもあるが、何年かたって突然症状がでることもあり、カウンセリングや精神療法をうけることにより改善される。
DVを目撃あるいは暴力を受けた子どもは、それをどのように感じているのだろうか。児童養護施設に入所している子ども自身がその心情を話している『子どもが語る施設の暮らし2』(明石書店)から一部を抜粋して紹介したい。プライバシー保護のため仮名となっているが、子どもが体験したことやその気持ちが率直に表されている。
事例1 「父の暴力と母の入院で・・・」 水野由紀子
もうすぐ、高校を卒業して児童養護施設(以下、「施設」)を出ます。本当はママのところに帰れるといいのかもしれませんが、病気で入退院を繰り返しているので、無理なんです。ママにはたまに会いに行っているんだけど、とても働けるような状態ではないです。あちこち悪いらしく、精神的にも不安定なんです。昔、パパに暴力を振るわれたせいでそうなってしまったようです。「パパは今日も帰ってくるの?」と私が泣きながらたずねたことがきっかけで「ママと私は夜逃げ」をしたそうです。私はまだとても小さかったので、そんなことを言った覚えもないんですけど、パパは私にも暴力を振るっていたらしいんです。
それからしばらくは、二人でパパから逃げるためにあちこちを転々としたといいます。でも、パパから逃げたのはそのときが初めてだったわけではなく、私が2,3歳のときにも一度逃げて連れ戻されたことがあったみたいです。 ・・・・・(省略)・・・・・・ 「もしパパが暴力ふるう人でなかったらママだっておかしくならなかったのに」と考えることがあります。結婚する前は暴力をふるわなかったのに、ママには男を見る目がないんだと思います注1)。
事例2 「笑いながらすべてを話せる日がくればいいな」 有賀俊英
児童養護施設(以下、「施設」)に入ったのは小学校1年のときです。だから施設のなかでは一番長いんじゃないかな。まだ妹と弟は施設にいます。俺らの兄弟は複雑で、母親は同じだけど、3人父親がいるんですよ。それに本当は兄弟姉妹が10人いるんです。施設にはいったとき、・・・・・(略)・・・・・。オレ、そんとき少しうれしかった。それは、母親から暴力を受けていて、毎日つらい思いをして泣いていたから。これで母親と一緒にくらさなくてもいいと思って、内心本当によかったと安心したんです。 ・・・・・(省略)・・・・・・ 俺の実の父親は母親に暴力を振るう人で、それが原因なのか、今度は母親が俺と妹に暴力を振るいはじめた。助けてくれる人もいなくて、ご飯も学校の給食しかろくに食べられなかったから、毎日下痢をして保健室通いでしたね。・・・・(略)・・・・・ 高校のとき、いつか自分の手で母親を殺してやろうと考えていました。ずっとそう思いながら施設にいたんだけど、実の父親が死んだいきさつを知って、母親を殺したら俺の人生もメチャクチャになるし、殺したところで気持ちが変わるわけでもないし、母親だって親だの兄弟だのいるから、もし死んだら悲しむやつは絶対にいると思う注2)。
これらの事例は、児童養護施設に入所した子どもが体験した出来事を自分自身で語ったものである。このことから明らかになることは、DVの被害は母親の心身を蝕み情緒不安定になり、被害者の立場から一転して子どもに暴力を振るう加害者に豹変することである。事例1の場合、全文を紹介することはできないため、母親が子どもの首を絞める事件については触れていないが、被害者であるはずの母親が加害者となって子どもを苦しめている。 子どもは二重の被害に遭遇することになる。DVは子どもの心に暗い影を落としていることがわかる。精神的苦痛のみならず、家庭が崩壊し生活が立ち行かなくなり、施設入所にいたる。DVは夫婦間に留まらず、子どもの生活や心身の成長発達に多大な影響を及ぼすといえる。
5.DV被害者への支援
(1)「配偶者暴力防止法」
正式名称は「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」といい、略称として「配偶者暴力防止法」、または「DV防止法」と呼ばれている。2001(平成13)年4月に成立し10月から施行された。2004年に改正され、さらに、2007年に一部改正がなされた。法律の内容として、DVの定義や国及び地方公共団体の責務、基本方針・基本計画、配偶者暴力相談支援センター等、被害者の保護、保護命令、罰則などの規定から構成されている。
(2)DV被害の通報と緊急一時保護
DVの通報に関しては、法第6条第1項に「配偶者からの暴力を受けている者を発見した者は、その旨配偶者暴力相談支援センター又は警察官に通報するよう努めなければならない」と定められていることから、広く一般国民にその努力義務がある。下記の表1のように、「配偶者暴力防止法」が制定されて以来、徐々に相談件数は増えている。
しかし、現実は家庭内の暴力への介入は難しく、通報すべきか否か躊躇する場合が多いといえる。被害者は成人であることから、本人自ら判断して助けを求めると思われているが、暴力を受け続けるとその判断がにぶり救済が遅れることになる。そのため、発見者が通報すべきである。
また、被害者は怪我を負い病院に受診することが多いことから、医師や医療関係者による通報もある。その際、被害者本人の意思確認が必要となるが、加害者が付き添っているケースが多く見受けられるため、本人の意思確認には加害者がいない状況で行う配慮が必要である。
緊急一時保護として、配偶者暴力相談支援センターに公的な一時保護施設が設置されている。そのほか、各都道府県に設置されている婦人保護施設や母子生活支援施設、NPO法人が運営する民間シェルターもある。しかし、子どもが中学生以上の男子である場合は、母親と離れて児童相談所で保護され一時保護所に入所することとなる。
年度 | 2002年 | 2003年 | 2004年 | 2005年 |
相談件数 | 35,943 | 43,225 | 49,329 | 52,145 |
6.おわりに
DV被害者を支援する法制度は近年始まったばかりであり、医療や司法、警察、福祉の分野における関係機関や関係者が万全な体制を整えているとはいえない。依然として警察や医療機関では家庭への介入に慎重であり、福祉機関における一時保護期間は2週間と決められており、短期間での対応では困難であること、またシェルターが不足しているなどの現状がある。そのうえ、DV被害者が暴力を受けた後遺症から回復するのに欠かせないカウンセリングや精神療法を受ける体制も整っているとは言いがたい。
今後の課題として、DVの直接の被害者である母親だけではなく、その子どもに対しても精神的ケアを行い、その後自立した生活を築けるような支援体制を整備していくことが望まれる。
〈引用文献〉
〈参考文献〉