知的障害のない発達障害とは
幼稚園・保育所の保育者の役割
発達障害児に対する気づきの重要性
発達障害児とその保護者への支援体制
おわりに
はじめに
近年、さまざまなところで「発達障害」という言葉を目にする機会が増えている。心理臨床の業界においても、発達障害に対してどのようなカウンセリングや支援を行うのかについて実に多くの議論が起こっており、まさに発達障害ブームといっても過言ではないような気がする。加えて、発達障害者支援法が平成17年度に施行され、今年度(平成19年度)より小学校・中学校で特別支援教育が本格始動するなど、行政サイドとしての取り組みも次々と行われている。これらの取り組みは、今までいわゆる見過ごされてきた発達障害児・者に対して、支援やその教育的ニーズに基づいた教育を行っていこうというものである。この発達障害に対する関心の高さは心理臨床の領域に留まらず、医療領域、教育領域、福祉領域においても注目されている。
先述の通り発達障害児の支援のあり方について、学齢期においては教育がその中心を担っている。従って、今年度本格始動した特別支援教育によって小学校・中学校という児童期・思春期における支援の体制は整いつつある。そこで次に関心が集まっているのが、小中の前後である、幼稚園・保育所と高等学校における発達障害児への支援である。文部科学省の調査によると、幼稚園と高等学校での特別支援教育は小中に比較すると遅々として進んでいない実態が明らかになった(文部科学省,2007)。特に幼稚園や保育所は、発達障害児への支援の入り口に位置している。「早期発見・早期介入」が鉄則である発達障害児への支援において、幼児期における支援体制の確立、保護者や教育・保育関係者への啓発、関係機関の連携などは重要な課題となっている。
そこで本論では、今まで見過ごされがちであった発達障害児、特に「知的障害のない発達障害」児を取り上げ、その概説をすると同時に幼児期における支援の可能性について考えてみたい。
知的障害のない発達障害とは
「一見普通で他の子と区別がつかないのだけど、ちょっと気になる子」とか「1対1だと問題ないけど、集団の場になると目立ってしまう子」といった子ども達の中には、発達障害児も含まれている可能性があることが近年明らかになってきた。このように定型発達の子ども(いわゆる健常児)との差が殆どないけれども発達障害を持っており、そのために支援を必要としている子どもが「知的障害のない発達障害」児である。以前であると「軽度発達障害児」という呼び方もされていたことがあるが、彼らが持っている問題は決して軽度ではなく、しっかりとした支援を行っていくことが健全な発達には必要なことである。つまり彼らは知的発達の遅れなどがないために、見た目も能力も定型発達の子どもと殆んど変わらないが、逆にそのために発達の問題から出てくる問題行動を「わがまま」とか「躾がなっていない」と取られてしまうことが多く、かえって問題が複雑になり適切な支援を受けることが出来ていない。
こうした子どもは決してまれな存在ではない。文部科学省の全国の小中学校に行った調査によると、通常学級にいる知的発達に遅れはないけれども特別な教育的配慮を必要としている児童生徒の割合は、実に6.3%という結果が出ており、1クラスに2〜3人はこうした子ども達が在籍している実態が明らかになった(文部省,2002)。以下に「知的障害のない発達障害」について簡単に概説する。
@学習障害(LD)
学習障害とは、知的発達に特に問題はないけれども、ある特定の能力、例えば「漢字を書くこと」、「計算をすること」、「英単語を覚えること」といった部分に関してだけ、どうしてもできないというものである。すなわち、知的発達に大きな遅れはないのに、学習面で特異なつまずきや習得の困難をもちがちである場合は、学習障害である可能性がある。人間誰もが苦手な科目や単元はあるが、彼らの困難さはこの「苦手」という言葉では処理しきれないものである。文部科学省は、「読む」「聞く」「話す」「聴く」「計算する」「推論する」の6つの能力について、この能力のいずれかに関して習得と使用に著しい困難を示す場合を学習障害とするとしている(文部省,1999)。
A注意欠陥/多動性障害(AD/HD)
注意欠陥/多動性障害の具体的な問題行動としては、「席にじっと座っておられず、すぐにフラフラと立ち歩いてしまう」とか、「先生の質問が終わる前に答えようとする」とか、「どうしても整理整頓が出来ず、いつも机の中はぐちゃぐちゃ」といった行動に表される問題である。漫画のキャラクターになぞって「のび太・ジャイアン症候群」と呼ばれていたりもする(司馬,1997)。
注意欠陥/多動性障害は「不注意」と「多動性」と「衝動性」の3つを主症状とした障害である。学習障害と合併する例が少なくなく、これらの問題を踏まえた上での教育的な配慮が求められている。また、中枢神経刺激剤のような薬物が行動のコントロールに効果を見せる場合も少なくないので、医療との密接な連携も必要となる。
B高機能広汎性発達障害(HFPDD)
「よくしゃべるけど、場の雰囲気や相手の感情などはお構いなし」とか、「言葉を字面通りに捉えてしまう」(例えば、親しみを込めて「バカだな」と言われても、本当にバカにされたと取ってしまう)、「特定の分野にとても詳しいが、常識的な知識には欠けている」、「いつも集団行動にうまく加わることが出来ない」といった、いわゆる社会性の問題行動を示す「知的障害のない発達障害」を高機能広汎性発達障害という。「アスペルガー症候群」や「高機能自閉症」もこの中に含まれる。この障害は、「社会的相互交渉の問題」、「コミュニケーションの問題」、「想像性の問題」という社会性の障害の3つ組から説明される。またタイプとしても「積極奇異型」、「受動型」、「孤立型」とさまざまであり、一概に障害像をまとめることは出来ず、一人ひとりがそれぞれ独特の問題を抱えている。最近巷では「KY(空気が読めない)」という言葉が流行っているようであるが、高機能広汎性発達障害児も社会性に困難を抱えているために集団に上手く関わることができず、結果としていじめやからかいの対象になりやすい。これは発達障害そのものからくる問題ではなく、付随した問題として起こってくるものであり、これを「二次障害」という。
知的障害がない発達障害児は、周りから問題行動を発達障害によるものと理解されず、わがままといった性格や親の躾のためと捉えられてしまうことが少なくなく、結果として多くの非難やからかいや叱責を受ける。こうした一連の悪循環の結果として起こってくるのが「二次障害」である。二次障害には「自己評価が極端に低い」といったものから始まり、不登校、いじめ、ひきこもりといった適応障害から、うつ病・心身症・行為障害・反抗挑戦性障害といった精神障害まで多岐にわたる。こうなると一次的な発達の障害よりも問題は重く複雑であり、支援はますます困難になる。
幼稚園・保育所の保育者の役割
知的障害のない発達障害児はその発達の問題に気づかれることが少ない。そのため問題が後回しになってしまい、結局そのつけを払わせられるのは本人自身である。その過程でさまざま経験を重ね、二次障害を呈するようになる事例も少なくない。そうなる前に何とか支援に結びつける必要がある。保護者にしてみても、何かと育てにくさを感じていたとしても、それは自分の育児能力の問題と自分を責めたり、大変なのは乳幼児を育てる親なら誰も同じであると自分を無理矢理納得させたりすることも少なくないであろう。また自らの子どもの発達に問題があるとなかなか認知するのは難しい。1歳6ヶ月児検診や3歳児検診で専門家の介入を受けるが、知的障害がない発達障害の場合は、その問題のわかりにくさから「経過観察」か、何も指摘されることなく通過してしまうことも少なくない。そこで重要となるのが「保育士」や「幼稚園教諭」といった乳幼児期における専門家の役割である。早ければ0歳児から保育士は子どもに日常的に接する機会を持つ。先述したように発達障害は早期発見・早期介入が鉄則である。周囲が早く気づきすぐに支援を行うことで、適切な養育環境が用意でき、子どもは身体的・認知的・精神的に健全に成長していくことが出来る。反対に、早期発見・早期介入が上手く機能しなければ、適切な養育環境どころか二次障害という重篤な問題を抱えてしまうことになりかねない。大げさではなく、発達障害児の一生を通しての健全な成長は、保育士や幼稚園教諭の双肩にかかっているといっても過言ではないのである。果たしてどれだけの保育士や幼稚園教諭が、自らの職務の可能性と重大性を認識できているのだろうか。
保育士や幼稚園教諭が発達障害児に対してその専門的な役割を果たすためには、まず正確な知識を学ぶことが必要である。最近の保育士養成学校でも「知的障害のない発達障害」について学ぶ授業や実習が十分に確保されているとは言い難い。すでに現場で活躍している保育士については、なおのことその機会は少ないであろう。幸いなことに行政的な取り組みが先行して行われており、こうした啓発活動が徐々に浸透していくと思われる。一つ注意が必要なのは、こうした子ども達は突然やってきた訳ではなく、今までも確かにそれぞれの園におり、それぞれの保育士・幼稚園教諭が何らかの工夫で対処していたと考えられる。しかし、だからといってこれらの子どもへの特別な支援を「個性なのだから」という言葉の下で拒否しないでいただきたい。本人はおそらく困っているだろうし、保護者もまた同様である。まずは今までと全く異なる教育の方法として発達障害児への支援の方法を学び、それをまたそれぞれの独自の指導の方法として自らのものにしていくことが望ましい。
近年、幼稚園や保育所を巻き込んでの行政の取り組みとして「5歳児検診」が拡がってきている。また今年1月には厚生労働省から「軽度発達障害児に対する気づきと支援マニュアル」(厚生労働省,2007)が出され、この5歳児検診は今後ますます普及していくことが予想される。特に、学習障害、注意欠陥/多動性障害、高機能広汎性発達障害といった知的障害のない発達障害は、1歳6ヶ月児検診や3歳児検診では気づかれることが少なく、そのまま6歳時の就学を迎えてしまうため、発達の問題が明らかになってくる5歳時にも定期検診を行い、発達障害の問題についても取り上げ、これを適切な就学に活用させていこうという試みである。
厚生労働省のマニュアルの中でも取り上げられ、発達障害児のスクリーニングとして活用されているのが、鳥取県で行われている「5歳児発達問診項目」である(小枝,2005)。ここで挙げられている12項目のうち、通過数が7以下の場合は「発達の遅れがあり」、9以下の場合は「発達の遅れの疑い」とする基準が設定されている(表1)。この質問項目は保護者と同時に保育士にも答えてもらうシステムになっており、5歳児検診における保育士の役割は大きいと考えられる。
(表1)鳥取県における5歳児発達問診項目
- @スキップができますか
- Aブランコにのってこげますか
- B片足でケンケンができますか
- Cお手本を見て四角が書けますか
- Dひとりで大便ができますか
- Eボタンをはめたり、はずしたりできますか
- F集団の中で遊べますか
- G家族に断って友だちの家に行けますか
- Hジャンケンの勝ち負けがわかりますか
- I自分の名前が読めますか
- Jはっきりした発音で話ができますか
- K自分の左右が分かりますか
- (小枝,2005)
今後ますます幼稚園や保育所における発達障害児への取り組みが増えてくると考えられる。発達障害児に限らず「全ての子ども達の将来にわたる健全な発達を担っているのは自分たちである」という気概を持って乳幼児保育や教育に取り組んでいくことを期待したい。
発達障害児に対する気づきの重要性
発達障害児に対する気づきのポイントや支援の具体的な方法については、スペースの関係から割愛するが、詳細については筆者がまとめたもの(田所,2007)を参考にしていただきたい。要点としては、幼児期の問題行動はさまざまな解釈が可能である。その問題行動の原因は親の養育に因るのか、環境に因るのか、それとも発達障害に因るのか、感覚に頼るのではなく状況を詳細に分析し、それぞれの可能性を十分に検討することが大切である。特に知的障害のない発達障害児は「ちょっと変わった子」という言葉だけで片づけられてしまうことが多いので、問題行動の原因を探る時に「発達障害かもしれない」という視点を必ず入れておくことが必要であろう。繰り返すが、この時期の保育士・幼稚園教諭の気づきがその子どもの一生涯にわたって重要な支援のスタートとなりうることを十分に自覚しておく必要がある。
発達障害児とその保護者への支援体制
先述の厚生労働省のマニュアルによれば(厚生労働省,2007)、それぞれの検診(乳児検診、1歳6ヶ月児検診、3歳児検診、5歳児検診)のフォローアップとして保育士による「子育て相談」、心理士による「心理発達相談」、教師による「教育相談」を必要に応じて行い、場合によっては医療機関や福祉機関に繋げていくというシステムが提案されている(図1)。乳幼児期における発達障害児への支援で大切なのは、早期発見・早期介入であることは既に述べた。誰かが問題に気づいたとしてもそれが支援へと結びつかなければ意味がない。支援のシステム作りをしっかりと行っておくことが乳幼児期の支援を考える上では大切なことであろう。これらの相談体制・支援体制を整えておくことがその子どもの「就学」へとスムーズにつながっていく。今までは幼稚園・保育所と小学校の連携が十分に機能しているとは言えない状況であった。しかし特に知的障害のない発達障害児に対する教育環境を考える上では、この連携は欠かかせない。今後さらに密な関係を築くべく支援システムの構築が待たれている。

(図1)軽度発達障害の発見とその後の支援体制に関するモデル図(厚生労働省,2007)
おわりに
発達障害の子どもを、一生涯にわたって支援していくシステムの構築が切望されている。そのスタートである乳幼児期の支援は、こうした子ども達に気づき、支援へと繋げる役割がある。こうした支援のレールに乗せるまでの活動が、実は一番難しく骨が折れる作業なのである。教育・保育関係者、福祉関係者、医療関係者のみならず、保護者や地域の人々がこの問題に対して真摯に取り組み、支援の体制を作っていくことが望まれる。
〈引用文献〉
・厚生労働省 | 2007 | 「軽度発達障害児に対する気づきと支援マニュアル」 |
・小枝達也 | 2005 | 注意欠陥/多動性障害と学習障害の早期発見について―鳥取県における5歳児検診の取り組みと提案― 脳と発達 vol.37 145-149 |
・司馬理英子 | 1997 | のび太・ジャイアン症候群―いじめっ子、いじめられっ子は同じ心の病が原因だった― 主婦の友社 |
・田所摂寿 | 2007 | 発達の偏りを持つ子どもに対する気づきと支援のあり方(若月芳浩編著 特別支援教育で育つ子どもたち―幼稚園・保育所の実例― 学事出版 p.25-35) |
・文部科学省 | 2007 | 「平成18年度幼稚園、小学校、中学校、高等学校等におけるLD、ADHD、高機能自閉症等のある幼児児童生徒への教育支援体制整備状況調査結果について」 |
・文部省 | 1999 | 「学習障害児に対する指導について(報告)」 |
・文部省 | 2002 | 「通常学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」 |