内閣府所管 公益財団法人 日本教材文化研究財団

研究紀要 第38号
特集:乳幼児期の探究III

日常生活の中で主体性を育てる
─ 食事当番活動の場面より ─
日木 安代 うめだ子供の家 副園長
1.はじめに
2.園の紹介
3.基本的生活習慣を育てるための環境設定と保育士の関わりについて
4.食事の当番活動について
5.食事の準備の進め方(手順書)について
6.その他の環境での配慮
7.失敗時は紹介をするチャンスになる
8.まとめ(就学した卒園児の様子)

1.はじめに

私の勤めている保育園はモンテッソーリ教育を実践している園です。私達保育士は、子どもが一人ひとり自分で、主体的に生活できるように、様々な活動を取り入れて保育をしています。自分のペースで身辺自立が出来るように、保育士が『やり方』を示し、子どもが使いやすい環境設定にしていくことを大切にしています。子どもが自主的に、生活力を高められるように、日々の保育の中で、どのように具体的な援助をし、環境構成や教材等の準備に心掛けているのかを、主に'食事の当番活動'について紹介します。

2.園の紹介


園舎

当園は、社会福祉法人 からしだね うめだ「子供の家」という東京都足立区にある私立保育園です。1965年に設立し、キリスト教精神を基調とし、モンテッソーリ教育法に基づいた保育を行っています。


ダイアナ妃来園

また、日常的に発達支援(統合保育)を行っていると共に、同法人の姉妹施設うめだ・あけぼの学園(発達支援センター)との間に行われる交流保育(インテグレーション)も、約30年に渡り実施しています。かつて発達支援児との交流事業を実施する園として、元英国皇太子妃の来訪も受けました。

現在の定員は130名で、1歳児から5歳児までの子ども達を保育しています。保育時間は、7:30〜19:30(含、延長保育1時間)です。クラスは1・2歳児と、3・4・5歳児の縦割り編成です。クラスの子ども達は、異年齢の集団の中で、兄弟姉妹のようにお互いに影響し合い、助け合って生活しています。

午前中の保育は、主に子ども達の個々の活動や友達同士のグループ活動を中心に行っています。活動時間も自分で選んだ活動を、個々のペースで充分満足するまで取り組めるように、細分化せずに過ごせるように、設定しています。

3.基本的生活習慣を育てるための環境設定と保育士の関わりについて

私達保育士は、子ども一人ひとりの個性を尊重し、自発的、自主的、創造的な活動を支える保育を目指しています。園の保育方針の1つであるモンテッソーリ教育は、『私が一人でできるように手伝って下さい』という子どもの内なる声に応えるように、自立を援助する教育です。"自立を援助する"ことは、日々の身辺自立を育むことに繋がると思います。次に、園生活の中での、子どもへの働きかけや環境設定をご紹介します。


@環境設定


保育園の環境

生活環境を調えていく時は、各年齢や発達段階に応じた、魅力的な環境作りを心掛け、適宜子どもの様子を見ながら教材を入れ替えています。

クラスで使用する教材や用具等(例えば鉛筆、はさみ、のり、台布巾、雑巾、掃除用のバケツ等)等は、子どもが自分の手や身体で扱いやすいサイズの物を準備し、教材や教具棚等を置く棚は、自由に取り出しやすいように、子どもの手の届く高さに置いています。 また、自分で出して使った物を、片付けをしやすいように、常時一定の場所に設定しています。日常生活活動の教材や、絵を描く時に使う教材、掃除道具、食事の配膳で使う用具等と、活動別に分類し、整理して環境を調えるようにしています。


A保育士の関わり

保育士は子どもの様子を、観察しながら、常に必要な援助ができるように努めています。

子どもが自分で活動を選んで行い始めた時は静かに見守り、自分で決めかねている子どもには、保育士が声掛けをして活動を誘い、一緒に行います。

新しい教材を出す時や、身づくろい(例えば、口のまわりの汚れの拭き方、鼻のかみ方や、洋服の裏返しの直し方等)を紹介する時は、1つ1つその『動き』や『やり方』を子どもに見せます。『動き』の見せ方は、子どもが『見る』ことに集中できるように、言葉で説明せずに黙って見せます。ゆっくりと、正確に、丁寧に行い、指先や腕の動かし方や身体の動きを見せるようにしています。分かりづらい点は見せた後に、必要に応じて言葉で補足します。

日常の保育の中で、子どもの興味や発達段階に合わせて、個々にまたはクラス全員に、紹介している活動のいくつかをご紹介します。


【身づくろい】
・手の洗い方 ・鼻をかむ ・うがいの仕方 ・タオルで手を拭く ・洋服のたたみ方
・ボタンをかける ・洋服の裏返しを直す ・シャツの裾をズボンの中に入れる
・ジャンバーをハンガーに掛ける等

【生活の中での動き】
・椅子を運ぶ ・タオルをたたむ ・傘の開閉 ・洗濯をする ・ピッチャーから注ぐ
・机を運ぶ ・雑巾を絞る ・リボン結び ・机を台布巾で拭く ・食器を洗う
・床をほうきで掃く ・みかんの皮むき ・こぼした時の片付け方 ・箸、スプーン、トング等の使い方等

このように、生活に密着した活動を、子どもが"やりたい"と思う気持ちの時に、『動き方』をして見せると、子どもは保育士と同じように行ってみようとします。すぐにスムーズにできる子もいれば、手先や動きのコントロールが未熟で、難しい子もいます。

子どもが自分で満足いくまで、何度も繰り返し練習する時間や機会を、設定することも大切にしています。

保育士に見守られ、励まされながら行い、「自分でできた!」という子どもの満足げな表情を見た時は、私達にとっても嬉しいことです。一緒に共感し、次の活動へチャレンジする気持ちが育つように、適切なタイミングで援助したいと思っています。

4.食事の当番活動について


食事当番を始める時間
を示している教材

食事準備は、3・4・5歳児のクラスで、クラスごとに子ども達が中心となり、保育士と一緒に行っています。食事準備の活動は、子どもにとって、興味深い作業が沢山あります。"お母さんのようにやってみたい"という気持ちもありますが、家庭では手伝いをさせてもらうことは少ないと思います。
 保育園では、子ども達と(当番制で3・4・5歳児の6〜7名のグループ)保育士と共に、クラス全員の(約32名分)の食事を準備します。机のセッティングから床の掃き掃除、給食の盛り付け、配膳等の食事準備をします。これらの内容は、上記で挙げた内容を総合したもので、保育士に紹介され、練習している活動の実体験となります。



(1)エプロンをつける

(2)椅子を片付ける

(3)床をはく

(4)食事のテーブルを作る

(5)配膳のテーブルを作る

(6)机を拭く

(7)休みの子のカードを置く

(8)食卓の準備をする

(9)箸を数えて箸立に入れる

(10)スプーン・フォークを数えて、箸立てに入れる

(11)椅子を机に入れる

(12)手を洗う

(13)食器を運ぶ人を決める

(14)食器を数えて運ぶ

(15)大人の食器を持って来る、果物の皿を持って来る

(16)盛り付ける

(17)配膳をする

(18)果物を数えて配る

(19)鐘を鳴らす

(20)エプロンのひもを結ぶ

5.食事の準備の進め方(手順書)について


『食事準備の進め方』の冊子(手順書)

エプロンのリボン結びを手伝って
もらっている場面

当番開始時に、冊子を見ている場面

子ども達が自主的に進められるように、"食事の準備の進め方"という、作業の手順書を用意しています。この手順書は食事準備の流れが分かるように、1頁ずつ、作業の動きやセッティングを写真と文章で表し、20頁までの作業工程が載っています。その内容は、エプロンを着けることから始まり、机や椅子を食事用にセッティングし直し、掃き掃除、食器運び、盛り付けや配膳をし、準備が完了した事を(鐘の合図で)知らせるまでの工程です。

当番の子ども達は、保育士に「次はこれをしましょう。」と、1つ1つ指示を受けなくても、手順書を見て、自発的に作業を進めていきます。基本的には、個々に見て行いますが、大きい子が小さい子をリードして教えていたり、次のページを先に見た子が他の子に、「○○しよう」、「次は○○だよ」と知らせたりする場面もよく見られます。


【視覚的手掛かり】

この手順書は、耳で聞いただけでは、大人の指示が理解しづらい子や、初めて参加する子にとって、視覚的な手掛かりとなり、役に立っています。写真を『見る』ことで、何を表しているかが、ダイレクトに伝わり、自分で行うことがわかります。特に経験の少ない3歳児や発達支援児にとっては、分かりやすい手掛かりとなり、保育士や友達と一緒に、手順書を見て参加しています。

作業の順番が分からない時や、何をしたら良いか分からない場合も、子どもの見やすい場所にいつも設置していますので、自分で繰り返し見て、確認できる利点もあります。 4・5歳児になると、数年間経験をしているので、大体の手順を覚えていて、確認する時に、使用しています。

年齢差や発達段階の差に関わりなく、自主的に、自信を持って、皆と楽しく参加できることが、この手順書の一番の良さだと実感しています。そして、次への意欲にも繋がると思います。


【動作と言葉の一致⇒行動で表す⇒その行動の意味が解る】

手順を覚えるだけでなく、「椅子を重ねる」、「机を台布巾で拭く」等の動きは文章を読み、動きと一致させてその意味を知ることも、子ども達には興味深い事のようです。ひらがなを読めるようになった子どもが、一人で熱心に、1文字1文字指で追って、文字を読んでいる場面をよく見ます。写真と文章を一致させて、実際に自分で行動に表し、"あー、これはこういう事か!"と、納得したような子どもの表情を見かけます。文章を読んで行動に移し、その意味を知る事は、言語面での理解力を養う良いチャンスだと思います。


【誤り訂正】

保育士や他の子から、自分の行動を訂正や指示をされずに、冊子を見て確認できることや、自分で誤りに気付いて、修正できることも利点だと思います。

子ども達は時々机に椅子を入れ忘れたり、順番を抜かしたりする事があります。そのような時も保育士が「忘れているでしょ。」、「違っているでしょ。」と指摘しないようにし、「(手順書)見てみよう」と、自分で気付けるような声掛けをするように気をつけています。

子どもに失敗感を与え過ぎず、自分で整理して考え、軌道修正をして行動できるように援助しいくことは、子どもが自信を持って活動し、自主性を養う上で大事な要素だと感じています。

6.その他の環境での配慮

手順書にも当番活動を行う上で、視覚的な手掛かりを用意しています。


ゴミを集める所を設定し、
ちりとりでまとめている場面

【掃き掃除】

掃き掃除は、皆で行うと、ゴミを集める場所が分かりにくく、気付かないうちに誰かが集めたゴミを、違う子が移動させてしまう等と、なかなかきれいにならず、時間がかかる作業でした。床に印を付けて、ゴミを集める位置を定めると、以前よりも活動自体の意味が分かり、スムーズに行えるようになりました。


子ども同士で、テーブルを運び
セッティングする場面
【机の設定位置】

食事の机設定は、午前中の活動時間の設定と異なり、4〜6人のグループで食べる配置にしています。机の配置替えは、高さの異なる机(年齢に合わせた3種類の机)を、部屋の空間を考えて設置していくのは難しいことでしたが、机を置く位置に、床と机の脚に同じ番号の印を付けて、番号を一致させることで、子どもがスムーズに行えるようになりました。

【食器を運ぶ】

その日のクラスの人数分の食器を、配膳室で数えて運びます。数種類(ご飯茶碗、汁物の椀、大皿等)の食器を、学年ごとに運んできますが、1種類だけ持ってくるのを忘れたり、数を間違えやすかったりしていましたが、種類別の食器の写真と、人数の書いた数字カードを用意しました。1種類の食器を持って来たら、その写真カードは片付け、残っている他のカードの食器を見て、順番に運んでくるようにしました。全種類の食器をいくつ持ってきたか、確認できますし、間違えて持ってきた時も、カードを見て気付けます。


食器を運んでくる時の写真カード

その日使う食器の写真カードと
年齢別に人数が書いてある紙

7.失敗時は紹介をするチャンスになる

机を拭いている時に、花瓶の水をこぼしたり、ご飯をひっくり返したりすることがあります。その時に、どのように片付けるのかを、保育士がやり方を紹介しながら、一緒に行います。花瓶の水なら、乾いた雑巾で拭き取ることや、机を拭いてから、床を拭くこと等ご飯ならおこぼし用の容器にこぼした物を拾い、濡らした雑巾で拭く等を紹介しています。大人が片付けた方がどんなにスムーズに、きれいに片付けられるかもしれませんし、盛り付けの副食が足りなくなるかも?と気を揉む事がないかもしれませんが、しかし、それは一方で、子どもに片付け方を知らせる絶好のチャンスと捉えるようにしています。忍耐強く、丁寧に処理方法を伝え、一緒に片付けることで、子どもは次の時にこの経験を活かして、少しずつ行えるようになります。根気強く、子どもの行うことを待ち、見守ることも保育士の大切な仕事だと思います。また、5歳児が年下の子の手伝いをしてくれることもあります。5歳児も以前に、年上の子に助けてもらった事が心に残っていて、困った時の気持ちが分かり、やさしい気遣いをしてくれているのだと思います。生活の中では、色々なハプニングが起こります。配膳でひっくり返した時は、落とさずに運べるかを自分で考えて動きを調整し、汚れて困った時は、その対処方法を考えて、自分で解決できるような生活力が育つことを願っています。

8.まとめ(就学した卒園児の様子)

園生活が現在の小学校で活かされているかを、卒園児の保護者の方数名に、アンケートでお聞きしました。小学4年生の保護者の方からは、小学校の食事当番でも不安なく取り組めて、園での経験が自信になっている事や、自分や友達がこぼした時に慌てずに、スムーズに片付けができるそうです。1年生の保護者の方からは、自分のやるべき事をきちんと理解して行動でき、自然に自立する力が身に付いてきたとの事でした。3年生の保護者の方からも、多少の順番が違った時でも、戸惑うことなく最後まで仕度を終えることが出来る事や、考えて行動しているので、その時々に合わせて、少し先の気配りができると学校で評価を頂いたそうです。

保護者の方からのコメントは、私達が目指している子どもの姿そのもので、長年積み上げてきた成果であり、とても嬉しく思いました。今後も、保育に携わる全ての職員が、子どもの自立に向けた援助を創意工夫し、実践していかれたらと思っています。