内閣府所管 公益財団法人 日本教材文化研究財団

研究紀要 第39号
特集:習得・活用・探究型学力の育成と評価の理論

国語科の思考力・表現力を育成する指導のあり方の探究
門脇 治隆 広島県立教育センター 教科教育部長
1 国語科学習指導を考えるにあたって
2 国語科における思考力・表現力
3 国語科学習指導の視点
4 国語科学習指導の実際
5 国語科学習指導の充実に向けて

1 国語科学習指導を考えるにあたって

国語科教育において、児童生徒にどのような力を、どのような方法で身に付けさせるのか。さまざまな考え方があろうが、その前提として学習指導要領があることは間違いない。学習指導要領に示されている目標を踏まえ、指導事項を押さえ、言語活動の例を取り入れていく、ということが基本となる。

さらに、国語科教育そのものだけではなく、次の3点から国語科教育の役割をとらえておくことも必要であろう。

@学習指導要領における国語科の位置を押さえておく。
例えば、「生きる力」を育成する上での国語科の役割、道徳と国語との関係等。
A法律や答申などを踏まえた上で、国語科教育の役割を把握しておく。
例えば、教育基本法(特に教育の目的、目標)と国語科とのつながり、中央教育審議会答申と学習指導要領国語との関係等。
B社会全体で行うべき国語教育と学校で行う国語科教育との関係を明らかにしておく。
例えば、国語力と国語科でつけるべき力との関係、社会状況の変化を踏まえた国語科の役割等。(「これからの時代に求められる国語力について」(平成16年2月3日文化審議会答申)に詳しく述べてある。)

これらのことは、国語科学習指導を考えていく上で重要な視点である。ここで詳述する余裕はないので、関係文献等を読み、ぜひ押さえておきたい。この稿では、これら前提を踏まえた上で、国語科としてどのような視点で学習指導、授業を考えていけばよいのかについて述べていきたい。

2 国語科における思考力・表現力

今回のテーマ「国語科の思考力・表現力を育成する指導のあり方の探求」の「思考力・表現力」について、まず整理しておきたい。

新学習指導要領(平成20年3月、平成21年3月)において、例えば小学校国語の目標「国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し、伝え合う力を高めるとともに、思考力や想像力及び言語感覚を養い、国語に対する関心を深め国語を尊重する態度を育てる。」を見てもわかるように、国語科において思考力と表現力は単純な並列の関係で扱われていない。語(語句)に着目していえば、「表現」・「理解」、「伝え合う力」、「思考力」・「想像力」・「言語感覚」、「関心」・「態度」といった要素からなる目標といえよう。

とはいえ、これらの要素はそれぞれが別個に存在しているのではなく、お互いに有機的な関連をもってつながっている。特に、「表現」と「理解」は、学習指導要領国語に「話すこと・聞くこと」という領域が示されていることからも、連続的・同時的に機能し、きわめて密接なつながりを有しているといえる。

個人的には、「思考力」・「想像力」・「言語感覚」を土台として、国語の能力の中心である「表現」・「理解」があり、それらを基盤として「伝え合う力」があると考えている。また、学習指導要領に「話すこと・聞くこと」、「書くこと」、「読むこと」の3領域が示されていることからも、「表現」・「理解」を中心とした指導事項を児童生徒に身に付けさせることにより、「思考力」を含む目標全体を達成できると考えてよいであろう。

以上のことから、この稿では、「理解力」と関連付けた「表現力」を育成する国語科学習指導について述べることで、テーマ「国語科の思考力・表現力を育成する指導のあり方の探究」に迫りたい。

3 国語科学習指導の視点

児童生徒に確かな学力を身に付けさせるための指導については、数多くの視点が考えられ、またその整理についてもさまざまな見解があるであろう。ここでは、視点を網羅的に挙げるのではなく、「思考力」に支えられた「表現力」の育成について、実効性が高いと考えられる次の3点に絞って述べていく。

@文章(ことば)に即した説明
A非連続型テキストの活用
B家庭学習の活用

なお、視点@〜Bについて、具体的な学習活動等を併せて提示するが、あくまでも視点を説明するための例であって、対象児童生徒、指導目標、評価計画等を備えた学習指導案や単元計画とは別物である。実際に授業を構想する場合、指導目標や児童生徒の実態に応じて、教材のレベルや授業展開などをより適切なものにしていくことが必要である。

4 国語科学習指導の実際

(1)文章(ことば)に即した説明

文学的な文章であれ、説明的な文章であれ、読んだ文章について、自分の考えをもつ(評価する)ことは必要である。

それは、筆者の意見や登場人物の生き方といった内容に係るものでも、論理展開や人物描写といった表現の仕方に係るものでもかまわない。また、肯定的なとらえ方でも、批判的なとらえ方でもよい。大切なことは、文章に即して思考し、その自分の考えを文章に即して論理的に、わかりやすく説明できるかという点にある。

授業としては、とにかく文章に基づくことが大切である。「なぜそのようなことがいえるのか。」、「どこに書いてあるのか。」といった視点を、平素から育てておくことが重要である。取り扱う文章が文学的な文章の場合、思考力以外に想像力の要素もかなり入ってくる、複数の解釈が成り立つ、という面もあるが、文章に即して思考し、論理的に説明していくことの重要性は変わらない。むしろ、解釈が分かれるだけに、思考や議論が深まっていく場合もある。

文章に即して読み、思考し、自分の考えをもつ、さらにはそれを論理的に説明する、そういった一連の学習として、例えば次のような学習活動が考えられる。

【学習活動】

@教材
A 三島由紀夫「小説とは何か」(遠野物語第22話等を取り上げ、文章に即して小説の「まことらしさ」について述べた評論)
B 柳田国男「遠野物語」(抄)(第4、8、9、17、18、19、28、33、35、39、42、43、62、69、72、75、86、90、97、99話 最長で13行、最短で3行の作品)
A展開
ア 「遠野物語」第22話を読み、その内容等について、各自の考えをもつ。
イ 教材Aを読み、三島由紀夫が第22話をどのように分析しているかを知り、その分析方法について理解する。
ウ 教材Bから「まことらしさ」があると考える作品を1編選び、その内容について文章に即して分析し、分析した内容を文章にまとめる。
エ 選んだ作品及びまとめた文章を交換して読み合い、その妥当性について作品に即して議論する。

(2)非連続型テキストの活用

PISA調査の読解力の問題では、次の2種類のテキストが提示されている。

@連続型テキスト
文章で表されたもの(物語、解説、記録など)
A非連続型テキスト
データを視覚的に表現したもの(図、地図、グラフなど)

実際、私たちが平素見る印刷物には、文章だけではなく、図やグラフなどが含まれている場合が多い。新聞、広告などはその代表であろう。もちろん、国語科の学習であるから、文学的な文章や説明的な文章などを読むことが基本となるが、意識的に非連続型テキストを含む教材を取り扱うことも大切である。

その際、いきなりグラフや表を提示し、意見文や小論文を書かせるといった授業ではなく、生活とのかかわり、社会の変化への対応等の視点から教材を選びたい。

そういった意味で、パンフレット、カタログは、連続型テキストと非連続型テキストとがうまく組み合わされている、相手にわかりやすく伝えることを目的として作成されている、社会や生活に結びついたものが多いなどの理由で、扱い方によってはすぐれた教材になり得ると考える。

ここでは、情報化に対応し、2011年に完了する予定のデジタル放送に着目し、次のような学習活動を提示する。

【学習活動】

@教材
ハイビジョンテレビのメーカーカタログ(5社分)
A展開
1.カタログ5冊を見て、ハイビジョンテレビを理解するための項目(サイズ、映像、音声、録画機能、端子、消費電力等)について理解する。
2.ある家庭(自分の家庭でもよいし架空の家庭でもよい)の家族構成、家族それぞれのテレビ活用方法、テレビ設置の部屋等について、それぞれが設定する。
3.二人一組になり、生徒Aが生徒Bから家族の状況等必要な情報を聞き取り、その情報を踏まえて生徒Bの設定した家庭に最も適切なテレビを決定する。
4.生徒Aは、選んだテレビがなぜ生徒Bが設定した家庭にとって最適なのかについてA4版1枚にまとめ、それを提示しながら生徒Bを説得する。
5. 3.、4.の内容について、生徒Aと生徒Bが役割を交替して行う。

(3)家庭学習の活用

学校で意欲を育て、基盤となる知識を身に付けさせ、学習の方法を理解させれば、本来児童生徒は自主的に学習するはずであり、それが生涯学習の基礎となる。とはいえ、家庭学習時間の少なさが指摘されている現状があり、宿題、課題といった形で、具体的な指示が出されている場合が多い。それはそれで必要なことだと考えるが、課題を出す際、少なくとも次の2点は押さえておきたい。

@本来授業ですべきことを家庭学習にまわさない、また、授業でできることはなるべく家庭学習にまわさない。(逆にいえば、授業ではできないことを家庭学習として提示したい。)
A課題のねらいが、授業(場合によっては年間授業計画)を踏まえたものになっている。

国語科において、日常生活、社会生活に生きて働くことばの力を育てることは、重要な役割である。そのことを踏まえ、日常生活において見られるさまざまな言葉に着目し、考えさせることは、有効な課題だと考える。その際、「考えさせる」ことが大切であるので、誤字・脱字であるとか、文法のきまりに従っていないとかいったものより、日本語としてなんとなく落ち着かない、それはどこがおかしいからなのだろう、あるいは、この表現はすばらしい、どこがすばらしいのだろう、といった視点から、日常生活に見られる言葉に着目させたい。

例えば、源泉かけ流しの露天風呂の「地下500メートルからの源泉です。疲労回復や神経痛にも効果があり、肌がすべすべになります。」という掲示。明らかに間違っている表現ではないが、何か違和感を感じさせる。じーっと文字を追い、考えてみると、いくつかの理由が明らかになってくる。まず「疲労回復や神経痛にも効果があり」という表現「も」にもひっかかるが、「疲労回復」と「神経痛」が並べて書かれていることの不統一が気になる。「疲労回復に効果がある」も「神経痛に効果がある」も表現としては可能だが、これらが並列の関係になるとどうしても違和感がある。次に、あとの「肌がすべすべになります」との関係もわからない。もし「肌がすべすべになります」も効能の一つで、だからはじめに「も」と表記したのであれば、それはそれで不適切である。それでは、この掲示をどのように書き改めればよいのか。書き改めるには、そもそもこの掲示が何のためにあるのかという目的を考える必要がある。ただ正しい日本語にすればよいということではないだろう。そのような視点でこの掲示を読むと、実に多くのことについて考えることができる。

その気で町を歩いてみると、気になる表現は実にいたるところに見られる。逆に、この表現は巧みだなあと思わせるものに出合うこともある。授業の中だけではできない課題として、例えば次のようなものが考えられる。

【課題】

「生活の中で見たり聞いたりした言葉(表現)の中から、何かおかしいと感じるものを取り上げ、その言葉の問題点を論理的に説明した上で、その説明を踏まえた修正案を示してください。」

課題をどの時期に出すのか、回数はどうするのか、提出物をどう扱うのかについては、授業等との関係によると考えるが、日常生活の中で言葉を見つめ、思考し、自分の考えを明確に伝える学習として、このような課題も有効だと考える。

5 国語科学習指導の充実に向けて

「思考力」、「表現力」を育成する国語科学習指導について、三つの視点から述べてきたが、最後に、国語科学習指導全体をより充実させる上で大切だと考えられることを、2点挙げておきたい。

@年間授業計画(シラバス)の策定
実際に授業を考えていく上で前提となるのが、年間授業計画である。付けるべき力、教材、指導方法、評価方法等について、年間を見通して計画しておくことは、限られた時間の中で、児童生徒に確かな学力を保障する上できわめて大切なことである。
A学力を適切に評価する問題の設定
ある教材で授業をし、その教材で評価問題を作成したとき、本当に学力の定着をみることができるだろうか。場合によっては、暗記力をみることにならないか。算数・数学で例題と同じ問題は出さないのと同様、「教科書を教えるのではなく、教科書で教える」国語科であれば、授業で扱った文章とは異なる文章で評価問題を作成することも必要であると考える。

今日、国語科が担っている役割は大きい。それだけに、確かな学力を身に付けさせる指導方法・評価方法を明確にし、国語科の必要性・重要性が真に認められる状況をつくっていかなければならない、と考えている。