2 「書くこと」の指導の実態と課題
3 「書くこと」の指導の工夫
4 実践事例I
5 実践事例II
6 おわりに
1 はじめに
「伝え合う力」というキーワードは、現行学習指導要領における小学校・中学校・高等学校を通じた国語科の目標の中に初めて登場した。「国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し、伝え合う力を高める」ことと示されており、新学習指導要領にも踏襲された。
新しいキーワードを受けて、これまでの実践においては、言葉で伝え合う場を意図的に設定し、事実や自分の思い、考えや意見などをまとめて発信したり交流・評価し合ったりすることを大切にしてきた。その学習過程で、生徒は「適切な表現」と「正確な理解」のために必要なことを学び、「伝え合う」ことのよさを実感してきた。
本稿では、ここ数年実践研究をしている「書くこと」に領域を絞り、思考力・表現力を高め、伝え合う力を育てる指導の工夫について述べることとする。
職務上の必要に迫られて書く機会の多い我々教師にとっても、書くことはなかなかの苦行である。いわんや、何ら必然性もないまま学習のために書かされている生徒においてをや。書いてみようかなと思い、書けそうだなという見通しをもって書き、書いてよかったなという実感のもてる学習を成立させ、その過程で書く力を高めるにはどうすればよいか。本稿は、こうした課題意識をもって実践した授業の一端である。
2 「書くこと」の指導の実態と課題
いわゆる作文指導については、その重要性が認識されているにもかかわらず、これまで着実に行われてきたとはいえない。生徒に書く力を付けてこなかっただけでなく、目的意識のないまま画一的で煩瑣な手順を踏まなければならない学習活動によって、作文嫌いをつくり続けてきたのではないだろうか。書くことが嫌い、苦手という生徒の多くは、その理由として、「書く内容を思いつかない」、「書き方がわからない」ということを挙げている。生徒が内容・方法を主体的に考え工夫しながら書くようにするためには、書いて伝えたいという欲求を喚起するような題材の工夫、ゴールをイメージさせ見通しをもって書くことができる単元構成の工夫などの仕掛けが必要だと考える。
一方、指導にあたって難しいと感じることとしては、次のようなことが挙げられる。
これらの課題も踏まえ、生徒が思考力・表現力を駆使して主体的な学習に取り組み、やり甲斐があったと満足できるように、「書くこと」の授業を工夫したい。
3 「書くこと」の指導の工夫
(1)動機付け
特に、動機付けを工夫した実践である。生徒を書く活動に向かわせるために、具体的な読み手と納得できる目的を提示し、書く必然性がある伝え合いの場を設定したい。伝える相手・目的が明確であれば、何をどのように書けばよいか、内容や方法を工夫してよりよく伝えようとする意識が働くものである。「書かねばならない」という切迫した動機付けでもよいが、できれば「面白そうだから書いてみよう」と思わせるようにしたい。また、学習のゴールをモデルで示して「書けそうだな」と見通しをもたせることも、意欲を喚起するのに有効である。
本校は各学年の定員が120名(3学級)と揃っているので、学年を超えて1対1で書いたものを交流し合う学習をしばしば実施している。相手が同学年の場合とは違って、生徒は「読んでくれる先輩あるいは後輩に恥ずかしくないものを書こう」ということを意識しながら書いている。また、前年度に先輩が書いた作品をモデルとして活用することで、「先輩の作品を参考にし、それを超えるものを書こう」という意欲付けにもなっている。
(2)手引き
目新しいことではないが、生徒がゴールへの見通しをもって主体的に学習を進められるように、単元のねらいや学習活動を概観できる「単元の手引き」と、各ステップでの学習内容に応じた「学習の手引き」を準備する。 「単元の手引き」には、伝える相手・目的、学習の目標、活動の手順や予定時間などを示し、単元の初めに見通しをもたせるとともに,学習過程でも活動のねらいや進行の状況を確認させるのに活用する。書く内容・方法は「学習の手引き」を使って指導する。学習ポイントをおさえるとともに、参考になる具体例を豊富に用意したい。
書く活動は極めて個人的な営みである。テーマ・様式・分量などの条件が決まっていても、生徒が書く作品の内容・表現は一人一人違っている。書くスピードの個人差も大きい。書く能力の高い生徒には創意工夫を促したり、書くことが苦手な生徒のつまずきに応じた活動を支えたりするためには、個別指導ができる時間を生み出す必要がある。「学習の手引き」で基本的なことは一斉指導し、個別には机間指導を通して具体的にアドバイスするようにしたい。その際、さまざまな状況に応じた「ヒントカード」を作成しておいて提示してやったり、気付きを付箋に書いて渡してやったりすると効果的である。
(3)評価
学習の評価は、結果を値踏みするのではなく、学びを振り返り次の学習活動をより充実したものにするのに役立てたい。前述のように、書くことの評価は最終的な作品評価に重きが置かれ、学習過程の評価は十分ではない。しかし、評価のねらいを考えると、目標に照らして毎時間の学習状況を数値化するのではなく、次の学習活動への見通しがもてるような指導をすることのほうが重要だと考える。
評価を学習の改善や充実に役立てるためには、指導者による評価だけでなく、生徒自身による自己評価や伝える相手からの評価なども活用したい。特に、書いて伝えるという目的に照らして、その結果がどうであったかということは重要で、学習が現実の生活に役立つことを認識させ、言葉で伝え合うよさを実感させるためにも、読み手の感想や評価は大切にしたい。また,「学習の振り返りカード」を用意し、学習過程ごとの自己評価、読み手へのアピール、読み手からの評価、単元全体のまとめなどを記録させ、学習活動を振り返り、その成果や課題を次の学習に生かしていけるように工夫したい。
4 実践事例 I
〜学年を超え心の交流を図る手紙文の指導〜
(1)実践の概要
伝える相手の立場や気持ちに配慮しながら自分の思いや考えを書く手紙文の指導では、必要感のある場を設定し、相手意識・目的意識を強くもたせることが大切である。そこで、学年を超えて一人の読み手を特定して手紙のやりとりをする場を設定した。本校では、入学式の日には2年生から新入生に、卒業式の日には2年生から卒業生に手紙を贈ることが伝統となっている。使用教科書(光村図書)では、手紙文は第1学年で指導することになっていることから、本実践では入学の日に手紙をくれた先輩に返事を書くことを動機付けとし、手紙文を書く指導をする。
時期 | 1年2学期 | 1年3学期 | 2年3学期 |
相手 | 2年生 | 新入生 | 3年生 |
目的 | 手紙をもらったことへの感謝の気持ち、現在頑張っている様子を伝える。 | お祝いや励ましの気持ちを伝え、学校生活に安心感や期待感をもってもらう。 | お祝いや感謝の気持ちを伝え,高校生活へのエールを贈る。 |
返事 | 感想をもらう。 | なし | なし |
(2)学習のねらい
(3)主な学習活動(全3時間)
(3)指導のポイント
@書式の指導
手紙の書式や言葉遣いは、相手を尊重する態度を示すために古くから受け継がれてきたものである。改まった手紙を書いた経験がないメール世代の中学生に、この機会に社会生活に必要な手紙の書き方や適切な言葉遣いをきちんと指導したい。多くの生徒が手こずる前文、とりわけ時候の挨拶や結びの挨拶については、学習の手引きに常套的な表現や時節・目的に応じた例文を示し、書くことの抵抗を軽減する。
また、書式にしたがって清書する際には、書写(硬筆)の指導と関連させ体裁を整えて丁寧に書くように指導する。
A相手・目的に応じた内容の指導
本文に何を書くかを交流する場を設定し、書く内容について生徒の発想を広げたり深めたりする。親しみをもって読んでもらうために、学校生活の具体的な場面を想起し、目的に応じた適切な内容を考えさせる。また、目的は同じであっても、相手についてもっている情報や自分と相手との関係(面識の有無、具体的なかかわりの有無など)によって書く内容は異なることにも留意させる。
(4)実践のまとめ
期待と不安を胸に抱き緊張しながら初めて入る中学校の教室で読んだ自分宛の手紙。生徒はこの時の感動を忘れず、先輩にお礼の手紙を書く学習に熱心に取り組む。先輩からの手紙を持ってきて、改めて読み直し、書き方の参考にする生徒もいる。自分で苦労して書いてみて、先輩もいろいろ考えて書いてくれたのだなと気付き、改めて感謝の気持ちを抱く生徒もいる。3月には先輩という立場になって新入生にどんな手紙を書こうかと、楽しみにしている生徒もいる。
この一連の実践を通して生徒たちは手紙で伝え合うことのよさを十分味わうことができた。また、普段見ることも書くこともない改まった手紙文の書式や書きぶりにとまどい、表現や言葉遣いにぎこちないところはあるものの、相手・目的を強く意識し、内容を考えて書くことができた。このことから、書くことにおいて、書きたいと思わせる場の設定がいかに大切であるかが分かる。


5 実践事例 II
〜「人物紹介パンフレット」、「Myニュース」で編集の仕方を学び合う〜
(1)実践の概要
特に、学習の手引きと読み手による評価を生かした実践である。第2学年「人物紹介パンフレットをつくろう」と第3学年「新聞の特徴を生かして書こう」は、文章を書くことに加え、編集能力を高めることをねらいとする単元であり、使用教科書では同時期に設定されている。2年生は自分が興味をもった人物について情報収集し、読み手に興味をもって読んでもらえるように表現やレイアウトを工夫してパンフレットを作成する。3年生は自分にとって大切な体験を伝え、読み手に自分についてよく知ってもらうという目的をもって、見出し・リード文・レイアウトなどを工夫して新聞を編集する。両学年の学習のねらいには共通点も多いことから、交換して読み合い、的確で効果的な情報発信の方法を相互に学び合うようにする。ここでは第2学年の実践について述べる。
(2)学習のねらい
(3)主な学習活動(全8時間)
(4)指導のポイント
@手引き・モデル・具体例の提示
単元の手引きの他に、ワークシートを兼ねて「パンフレットの分析」、「情報整理の観点」、「キャッチコピー」、「レイアウト」等に関する学習の手引きを準備し、学習活動の手がかりとさせる。また、各種パンフレットや先輩の作品をいつでも見られるようにし、記述やレイアウトのモデルとさせる。
A評価・交流
レイアウト表・下書きを友達と交流する場を設け、情報の選び方や並べ方、記述やレイアウトの仕方などの工夫点を学び合い、自分の作品を改善する手がかりとさせる。また、完成した作品について、他のクラスの友達には観点に基づく4段階評価とコメントを、3年生には感想を書いてもらう。指導者は「内容・構成・表現・表記」の観点で評価規準を定め、作品を評価する。
(5)実践のまとめ
実践にあたり実施した事前調査では「書くことが好き」の肯定的回答は42%であったが、事後の振り返りでは全ての生徒が「積極的に取り組めた」、「いい作品ができた」に肯定的回答をしている。また、「学習を通して身に付いた力」として、55%の生徒が「見やすく読み手を引き付けるレイアウトや表現を工夫する力」を、43%の生徒が「情報を取捨選択して文章にまとめる力」を挙げている。先輩の作品をモデルとさせてもらい、書いた作品に対して共感的な感想や的確なアドバイスをもらえたこと、先輩の書いた新聞を読んで内容や書きぶりから良い刺激を受けたことから、生徒は書いて伝え合うことのよさ、学び合うことのよさを味わうことができた。




6 おわりに
書く力は書く活動を通して身に付く。書いて伝えたいという思いと内容があれば、的確かつ効果的に伝えるために生徒は主体的に考える。そこに考えるための良質の材料を提供し、考え方を教え、ゴールにたどりつくまでサポートするのが指導者の役割ではないだろうか。書く力を高める評価の在り方という点ではまだまだ課題も多い。これからも生徒が書きたいと思う場の設定に努め、実践の中で研究を深めていきたい。