内閣府所管 公益財団法人 日本教材文化研究財団

研究紀要 第39号
特集:習得・活用・探究型学力の育成と評価の理論

算数・数学学習における「書く」ことの意味
─情報の高次化を目指す学習活動の実現─
根本 博 茨城大学 教授
はじめに
1.注視すべき質問紙調査項目
2.算数・数学学習における抽象の意味
3.調査問題に対する反応
4.「〜ということは?」という問い
5.情報の高次化を意識することの必要性
6.情報 information から知識 knowledge へ
まとめ

はじめに

先頃、第3回目になる「全国学力・学習状況調査」(平成21(2009)年度)の調査結果が公表('09.8.27.)された。ここでは、筆者なりの分析に基づいて算数・数学学習における児童生徒の実情を明らかにするとともに、指導に関する一つの改善策を述べてみたい。

1.注視すべき質問紙調査項目

質問紙の質問項目で、ごく当たり前のことと考えられがちでさほど話題に上らないと思われるものがある。それは、児童生徒とも「普段の授業で自分の考えを発表する機会がある」、「ノートを丁寧に書く」とする児童生徒の方が、記述式問題の正答率が高い傾向にある、また、(学校質問紙でも)「児童、生徒の発言や活動の時間を確保している」、「自分で調べたことや考えたことを分かりやすく文章に書かせる」あるいは、「適切にノートをとるなど学習方法に関する指導をしている」学校の方が、記述式問題の平均無答率が低い傾向にあるということであった。

事実、個々の調査問題に対して目を向けると、計算など技術的処理で済むような一問一答求答式の問題に取り組み高い正答率を示しているのに、数学を用いて事実や方法を述べたり、判断理由を説明したりすることを苦手としている実態が浮かび上がる。

2.算数・数学学習における抽象の意味

分かり易くするために、前年度「全国学力学習状況調査」(H20.4.実施「中学校数学」)の問題で解説を加えておく。

「重ねてあるベニヤ板の枚数を求める」というのと、「入れ物に入っている釘の本数を求める」という二つの問題がある。ベニヤ板の枚数、釘の本数ともにたくさんあって直接数えるのは厄介であることが当面する課題で、ベニヤ板は1枚の厚さ0.4mm、その重ねてある全部が8cmであるときの枚数、そして、釘1本の重さが分かっていて全体の重さ約400gであるときの本数、双方の問題を解決する際、算数、数学で学習したどのような考えに依って解決できるかというものである。(選択式;正答率は51.9%。)

確かに、両方とも「割り算」を使う。しかし、問われているのは共通する技術的な計算手段ではない。双方がそれに依って解決が保証される基底となる数学的idea---比例の考えである。すなわち、原情報(一次的情報)をくくるという能動的抽象作用が求められる。ここには、数限りない類似の状況がすべてそれによって解決できるという理解、及び、それによってもたらされる思考の節約という価値の認識が付随する。この問題の正解を得るという表層的レベルを超えて、上述したような数学学習の価値を内包する知識knowledgeの獲得というレベルにまで深く踏み込んだ意識的指導が求められる。

3.調査問題に対する反応

ここではその詳細を割愛せざるを得ないが、学力調査の問題について、全体的な傾向をチャート図によって確かめておきたい(下図中、1.1は問題1の(1)を表している)。

算数B数学B

「主として活用に関する問題」(いわゆるB問題)についてみると、小学校算数で例えば、2(2)(天秤)、3(3)(買い物)、4(2),(3)(敷き詰め)、5(3)(グラフのよみ)に落ち込みが見られる。中学校数学では例えば2(2),(3)(4(n+1))、3(3)(白熱電球と蛍光灯)、4(1),(2)(証明方針のよみと別証)、5(2),(3)(不確定な事象)などに落ち込みが見られる。

大きく凹んでいるこれらの問題には、共通する何らかの特性があるのだろうか。児童生徒の算数、数学の学習で欠落しているものがあるとすれば、それは何だろうか。

4.「〜ということは?」という問い

小学校算数Bの4(2),(3)は、与えられた長方形(7×5)を縦横2cm,1cmのカードで敷き詰める問題である。縦2,横4のとき可、縦4,横5のときにも可、ところが、縦5,横7のときには不可である。面積が奇数になる場合は、カード(2cm2)は必ずはみ出してしまうからである。そして、このことから縦、横が1×1より大きい(偶数)×(偶数)、(偶数)×(奇数)(あるいはこの逆)のときは可能だが、(奇数)×(奇数)の場合は(面積が奇数)になるので不可能になる、ことを見抜く(洞察する)ことが必要となる。言ってみれば、「〜ということは?」と自らに問い、原情報(一次的情報)から新たな情報を見付ける内的な作業が伏在する。

中学校数学Aではどうか。5(4)(おうぎ形の面積)は、半径が数値で与えられていない。多少厄介な計算を伴うが具体的に数値を当てはめ段階を踏めば処理できる。同種の問題についてある程度練習がなされていることを前提とすれば、円周率に絡む煩雑な計算は不要になる。求積を通して「どのようなことが分かるか」をとらえようとすることが大切である。おうぎ形の面積が求められる他に、中心角との関係で求積が可能になったことから、「〜ということは?」と考えると「扇形の面積は中心角に比例している」ことに気付くはずである。

一次的情報を整理し、精錬して新たな知識を構成するのである。こうして得た知識は再び修正、再構成の試練を受けることになるが、それは創造を促す潜在性を包蔵する知識であることに変わりはない。何より大切なのは、この活動によって知識の構成の仕方を身に付けることができるようになることである。

数学Bには、2(2)(3)で連続する3整数n,n+1,n+2について、提示された手続きで計算すると4(n+1)によって、4の倍数になることを尋ねる問題がある(下図)。示された図を観察して、ここでも「〜ということは?」と考えることになる。


少し考えれば、「真ん中のn+1は3段目までに二度加えることになる」という新たな情報が得られる。具体的には、例えば、3,4,5なら3段目は3+4+4+5、また、11,12,13なら3段目は11+12+12+13になる。

さて、n,n+1,n+2の場合であるが、


ここでも、「〜ということは?」と考えると、


これによって、n+1○○○○…○● が4つ分となり、4の倍数になることが分かる。これは、「nがどんな数で始まろうとも不変である」という高次な情報になる。単に、文字の計算処理で済ますのではなく、原情報を整理し組み立て、より一般的普遍的な認識に達するまで精錬を繰り返すのである。数学の学習は、こうした階段を一段一段着実に昇っていくことを目指す学習である。

5.情報の高次化を意識することの必要性

このように見てくると、児童生徒が苦手としているのは、原情報(一次的情報)は手にしているものの、これを整理し新たな情報として組成しないできたことや、あるいは、原情報を整理組成して、新たな情報を見いだすことが問われている問題(*)であることが分かる。

こうした観点で、試みに数学A,Bの問題から該当する問題を抽出し、その分布を視覚的にとらえようとしたのが次頁図表である。まず、正答率の順に並べ変え、次に上述(*)に該当すると考えられる問題をで塗りつぶしたもので、各表の下方は正答率の低い問題になる。当然、児童生徒が苦手とする問題ということになるが、図表では、当該の問題(*)が明らかに、そして見事に正答率の低い問題と一致していることが分かる。


数学A 全国   数学A 全国   数学B 全国
正答 無答 正答 無答 正答 無答
5(1) 95.4 0.6 13(2) 57.1 14.3 2(1) 85.6 4.9
2(1) 91.0 2.4 5(4) 56.4 0.9 1(1) 85.3 0.4
1(3) 89.5 1.3 11(2) 55.6 18.4 5(1) 79.7 10.3
1(1) 88.8 2.7 2(3) 55.5 1.0 4(2) 63.3 1.5
5(2) 87.2 0.6 9(1) 53.7 1.8 3(2) 61.7 1.2
7(1) 85.2 4.5 4(1) 52.8 0.7 3(1) 60.5 7.1
5(3) 82.6 0.8 3(2) 52.3 15.0 2(3) 57.9 1.5
9(2) 77.1 3.5 11(3) 52.3 1.9 5(2) 56.2 23.1
1(2) 75.7 0.4 2(4) 44.5 17.7 4(3) 55.3 1.3
13(1) 73.2 1.6 4(2) 44.4 1.1 1(3) 53.7 0.9
3(4) 72.8 10.6 6(1) 42.1 0.8 5(3) 47.5 1.7
9(3) 71.4 1.1 10(2) 41.1 21.2 1(2) 46.2 2.3
7(2) 69.5 15.5 10(1) 40.2 1.8 4(1) 41.0 21.2
3(1) 68.3 1.0 12 35.9 2.0 2(2) 40.6 17.8
2(2) 66.3 0.5 3(3) 34.9 18.5 3(3) 19.1 49.7
6(2) 66.1 1.1 8 28.9 1.2  
11(1) 60.7 1.3  

このことから、指導の改善を図るに当たっては、折に触れ情報の二次化あるいは高次化を目指す意識的な指導を展開する必要があるということになる。考えたことを「考える」、これを「メタ」思考ということがある。「考えた」ことや「考えた行為」自体を対象化して考えるといってもよい。自己を客観化して、monitorすることでもある。これを援用し、原情報から新たな情報を探ること、あるいはより高次な情報を獲ようとすることを情報の'メタ化'と呼ぶことにする。

6.情報 information から知識 knowledge へ

すると、この情報の'メタ化'を児童生徒の中に誘発するにはどうすればよいかということになろう。

解決に行き詰まった問題も、ふとした思いつきで至極簡単に解決できることがある。しかし、ひとたび結論に達すると、そうした着想や解決のプロセス、ときにその結果が意味するところさえ忘れてしまうこともある。こうした情報を生かし、高次化を図り続けるために、冒頭述べた「丁寧にノートをとり、自分で考えたことを分かりやすく端的に文章に書く」という作業が必要になるのである。

事実を言語(言葉)で表現することは、すでに一般化である。数値化したり、文字に置き換えて式化したりすることは、これまでも大切にされてきている。そうしているときも言葉で考えていることを忘れてはならない。

「書く」という行為は手間が掛かる。分かったことを端的に書くとなると一層面倒である。しかし、大人になってこれが不要になるぐらい、今のうちに習慣化することが必要なのである。

ここには、将来、児童生徒が獲得、保有することになる知識knowledgeの変容の促進、構成(生成)の方法、そして、創造にかかわる重大な要因が潜んでいる。数学的に考えることの楽しさ、よさの感得が、今までと異なる新しい見方の発現を実感するところにあることを考えれば、児童生徒には「書く」ことを通していつでも二次的情報を獲ようとするよえう仕向け、こうした経験ができるよう指導することが大切である。言うまでもないが、授業中の教師の言葉で言えば、「〜ということは?」と問うことになるのである。

まとめ

これまで述べてきたことの実現は必ずしも容易いことではないが、児童生徒に対しては、つとめて、別々のものを整理する、まとめる、同じideaでくくるという作業によって抽象の抽象を目指すよう促したい。いつでも二次的情報を獲ようとする態度をもち、算数数学の学習に取り組むように仕向けたい。できることなら、児童生徒自身が「〜ということは?」と自らに問うことができるようにしたいのである。そのために、考えたことを自分の言葉で表現するということが必要なのである。決して、記述式問題の正答率を上げる、平均無答率を少なくするという問題ではない。

このような意味で、算数・数学教育において「書く」ということ、すなわち、言語で表現する継続的活動は、知り得た情報informationを質の高い知識knowledgeへと変換する―知識へと昇華する―ひとつの大切な方策であると考えるものである。