内閣府所管 公益財団法人 日本教材文化研究財団

研究紀要 第39号
特集:習得・活用・探究型学力の育成と評価の理論

数学的な表現力の育成と評価
中村 享史 山梨大学 教授
1.数学的な表現力の背景
2.数学的な表現
3.数学的な表現力の評価

1.数学的な表現力の背景

中央教育審議会の答申では、算数・数学科の改善の基本方針として、「算数的活動・数学的活動を一層重視させ、基礎的・基本的な知識・技能を確実に身に付け、数学的な思考力・表現力を育て、学ぶ意欲を高めるようにする」としている。今回の学習指導要領の改訂では、数学的な思考力・表現力の育成が重視されている。この数学的な思考力・表現力は、合理的、論理的に考えを進めるとともに、お互いの知的なコミュニケーションを図るための役割があるとしている。これらを育成するための具体的な指導内容や活動として、「根拠を明らかにして筋道立てて体系的に考えること」「言葉や数、式、図、表、グラフなどの相互の関連を理解し、それらを適切に用いて問題を解決したり、自分の考えを分かりやすく説明したり、互いに自分の考えを表現し伝え合ったりすること」の充実を挙げている。

このように数学的な思考力・表現力の育成は算数科の指導で大きな目的になっている。本稿では、数学的な表現の様相を明らかにするとともに、数学的な思考力・表現力の評価のあり方を述べる。

2.数学的な表現

数学的な表現には、次のものがあると考えている。
(ア)操作表現
(イ)図表現
(ウ)数式表現
(エ)言語表現

これらの表現について詳しく述べる。

2.1 操作表現

操作表現は、数の表し方や計算の仕方をブロックなどの操作で表すことである。例えば、13−9の問題を、ブロック操作の動きでみる。13を10と3に分ける。10のブロックから9を取り除いて、残りは1。それに先ほどの3のブロックを加えて4になる。これは減加法の操作である。1年生は、自らの考えを言葉や数式で表すことが難しい。考えた過程をブロックの操作で表すことでどのように考えているかを目で見ることができる。また、操作表現は、低学年だけでなく、高学年でも大事な表現活動である。例えば、三角形の面積を求めるとき、実際に厚紙で三角形を作り、それを切ったり、並べたりして平行四辺形や長方形に変形する。これらの活動が倍積変形や等積変形のアイディアを表している。操作表現は、思考過程を具体物の動きで直接見ることができるというよさがある。

2.2 図表現

図表現は、数直線図や線分図、面積図などの数の構成や演算決定に関わるものや作図がある。数直線図は、乗除法の演算決定や計算手続きを導くときに有効に働く。例えば、「1mが180円のリボン、2.5mの代金はいくらか」という問題を数直線にあらわす。

(図1)2本の数直線で数量の関係を表すと、長さと代金の対応関係や大小関係が明確になる。そして、長さが1mから2.5mと2.5倍になったので、値段も180円の2.5倍になるという比例関係をもとに2.5mの代金を求める式は,180×2.5となる。この数直線図は、整数、小数、分数で共通するものである。また、乗除法が逆の関係にあることも分かる。例えば、先ほどの問題を「2.5mが270円のリボンの1mの値段はいくらか」という問題は、同じように数直線で表すことができる。

(図2)これは、1mの値段を□円とすれば、□×2.5=270となる。この□を求める式は、270÷2.5となり、除法の式を導くことになる。このように数直線は、意味の拡張や立式の根拠になる表現である。

作図は、実際にかくことを通して、背景にある図形の性質を捉えることができる。例えば、二等辺三角形をかくとき、必要なものは2つの辺の長さである。これは、等しい辺が2本あるという二等辺三角形の性質や3つの辺でひとつの三角形が決まるという合同な図形の決定条件が背景にある。それらのことを作図を通して子どもに捉えさせることができる。

2.3 数式表現

数式表現は、算数では様々な場面で使われている。問題を解決した思考過程を式で表現することが多い。長方形が2つ繋がったL字形の図形の面積を求める問題がある。

(図3)この面積を求めるとき、8×4=32、4×3=12、32+12=44と式で表せば、たてに切って、2つの長方形に分けて計算し、それをまた加えたという思考過程が分かる。この式をさらに、8×4+4×3=44と総合式で表すことができれば、簡潔な表現となり、解決方法が2つの長方形を加えていることが、式の形から判断することができる。さらに、この総合式をまとめて、(8+3)×4=11×4とすれば、新しい解決方法を生み出すことになる。この式は、1つの長方形を切り離し、もうひとつの長方形と並べることで、大きな長方形を作ったことを表している。すなわち、等積変形のアイディアである。式に表し、総合式にまとめることで、より簡潔な表現や新しい解決方法を生み出すことができる。

また、式表現では、式に表す活動と同時に式を読む活動も大事である。先ほどのL字形の面積で8×7−4×3という式で考え方を表したとき、これはどのようなアイディアを用いているかを式から読み取る活動が大切である。この式は、大きな長方形を仮想し、そこから付け加えた部分の長方形を取り除いたアイディアである。自分の考えを式で表すことと同時に他者の式で表された解決方法を読み取ることも大切である。

式表現では、□や文字を用いた式を扱うことになるが、そこへのつながりとして、使った数字を計算せずに残したまま式に表す活動をしっかりと行いたい。例えば、分数のわり算で2/5÷3/4で答えを求める過程をみる。わり算の性質(わられる数とわる数に同じ数をかけても、同じ数で割っても商は変わらない)を用いて考える。(2/5×4)÷(3/4×4)=2/5×4÷3と2/5×4を計算せずにそのまま残しておく。そして、4÷3=3/4ということから、2/5×4÷3=2/5×3/4となる。これは、わる数の逆数をかけた計算とまとめることができる。÷というひとつの計算をしながら、分数の除法の一般的な計算の仕方を導いていることになる。すなわち、a/b÷c/d=a/b×d/bを表していることである。

2.4 言語表現

言語表現は、解決の仕方を言葉で表すことである。これには「話し言葉」と「書き言葉」に分けることができる。一般に授業では、話し言葉でお互いの考え方の交流が行われる。自分の考えを言葉で説明する活動や他者の考えを解釈したり、別の言葉で言い換える活動である。書き言葉は、ノート記述と関わってくる。ノートに書くときは、言葉と同時に他の表現も加わってくる。図や数式と言葉がノートの中には,混在している。

話し言葉では、自分の考えを伝えるために前提となる条件を明らかにして、そこから出てきた結論もしっかりと話すことが大事である。また、話し始めの接続詞を意識させる。「だから」「しかし」「いつでもいるのは」「例えば」などの言葉を意識して子どもに使わせることが大切である。

書き言葉は、文字と同時に、図、数式なども加わることもある。ノートに書くときは、自分で考えたアイディアや解き方を文章で書くことや他者が考えたアイディアや解き方から分かったこと、気づいたことを文章で書くことが大切である。また、授業後に毎回、学習感想を書かせたい。継続的に学習感想を書くことで次のような様相が現れてくる。

第一の様相は、「楽しい」「また勉強したい」などの言葉が出てくる。この様相は、算数の学習内容についての具体的な記述がなく、自分の気持ちを書いている。この感想は、算数以外の授業にも当てはまる記述である。

本来、感想は自分の感じたことや思ったことを素直に表現することが大切である。その点から、この様相の感想を大切にしたい。算数の授業を焦点化するために、内容を具体化させる。例えば、わり算の学習ならば、「わり算はどんなときに使えるのですか」「かけ算と似ていることがありますか」などの問いを教師がコメントとして書く。 第二の様相は、算数の内容について、どこがわかったのか、どこでつまずいたかを書いている。つまり、自分の考えを書くようになる。

この様相は、書くことが焦点化し、自分の考えの根拠を詳しく書くようになる。そこで、数学的な見方・考え方(一般化の考え、統合の考え、式化の考えなど)が焦点化して記述させるために、教師は、既習事項が何かを明確にさせたり、いつでもその考えが使えるのかを他の数値で検討させたりするためのコメントを書く。また、解決の方法も一通りだけでなく、他の方法がないかを問うことも大切である。 このような指導によって、子どもの算数に対する学習観が「答えが出たら終わり」から「答えが出てから学習が始まる」へと変わる。 第三の様相は、自分の考えだけでなく、他人の考えについて自分がどう思ったかを書くようになる。文章の中に他の子どもの名前が出てくる。

この様相は、他人の考えを受け入れ、自分の考えを見直す契機になっている。自分一人では考えつかなかったアイディアを他人の考えの中から見つけ出すという相互作用が生まれてくる。他人の意見についてどこが賛成でどこが反対かをしっかりと書くことが大切である。他人の意見との共通点や相違点を書くためには他人の意見をしっかりと聞かなくてはならないので、授業への参加態度も変わってくる。また、数学的な考え方として、一般化に関する言葉(「いつでも使える」「この数だけでなく」など)や統合、簡潔に関する言葉(「まとめてみると」「似ているところは」「簡単にすると」など)などが文章表現の中に見られるようになってくる。 第四の様相は、自分の考えについて見直しをしている記述が現れてくる。つまり、自らに問い直し、より数学的な内容を追究しようという態度がみられるようになってくる。自分の考えと他人の考えとを比較検討して、もう一度自分の考えの位置づけを明確にしたり、変えたりしている。

このように学習感想を書くことが数学的な活動そのものになっているといえる。また、子どもにとって、学習感想は、自分自身の考えの軌跡をノートからみることができる。

3.数学的な表現力の評価

数学的な思考力と表現力は表裏一体の関係がある。数学的な表現力を評価することは、数学的な思考力の評価にも大きく関わっているといえる。数学的な表現力の評価は、問題解決の過程を記述したものや学習感想の記述から行うことができる。

数学的な表現で特に大切にしてほしいことは、言語表現の「書き言葉」である。算数のノートというと数式や図だけがかかれていて、言葉は問題文だけということがある。算数は、数式で多くのことを表し、伝えることができる。しかし、自分の考えた過程を言葉でノートに書くことを積極的に取り入れることが大切である。それは、言葉を書くことで子どもが自分の考えをふり返ることができるからである。すなわち、言葉に表すことで、何にこだわっているのか、どのように考えたのかを自覚することができる。

さらに、子どもがノートに書いたものを教師が分析することで考え方の評価として用いることができる。これは、ノートの記述表現を丁寧にみることで、子どもの問題解決の視点、疑問、葛藤、納得などを見出すことができるからである。

割合の学習で2人の子どもの学習感想の記述をみる。

A児


B児

A児は、自分のやり方を見直して、自分の考えとは違う他者の方法を取り入れて考え直している。また、自分の考えを確認するため、数値を変えて確かめている。これらのことから、解決方法をふり返り、確実な方法を探し出す態度や数値を変えて一般化する能力があることが分かる。B児は、2量の差でくらべる方法と割合でくらべる方法があることを知り、割合で求める方法をより深く学びたいと考えている。このことから次への学習課題を明確にする態度があることが分かる。

このようにノート記述を見ることで、学習した内容を確実に理解しているかどうか、対への課題を明確にしているかを読み取ることが分かる。言葉を用いて、自分の考えを説明する活動を授業に取り入れることによって、そのノート記述は、数学的な表現力の評価として用いることができる。


<参考・引用文献>
・中央教育審議会 答申 平成20年1月
・文部科学省 小学校学習指導要領解説 算数編 東洋館出版 平成20年6月
・拙著 数学的な思考力・表現力を伸ばす算数授業 明治図書 平成20年8月