2.算数・数学を活用しようとする態度
3.算数・数学教育と人間形成
4.「資料の活用」領域の授業の具体
5.算数・数学の指導のあり方への示唆
1.「思考力」と「表現力」
平成20年3月に告示された学習指導要領の小学校算数および中学校数学の目標には、それぞれ次のような記述がある。
《小学校算数》
「(前略)…日常の事象について見通しをもち筋道を立てて考え、表現する能力を育てるとともに…(後略)」(下線筆者)
《中学校数学》
「(前略)…事象を数理的に考察し表現する能力を高めるとともに…(後略)」(下線筆者)
これらは、算数・数学科において思考力や表現力を育成することが重要であることを示している。算数・数学科の学習は、とかく技能を習得し、問題を解けるようになることが強調される傾向にある。しかし、身近な事象を数学的に考察したり、考察した結果を他者に正しく伝えるために表現したりすることは、よりよく生きる上で不可欠な能力である。これらの能力は、問題解決型の学習を通して、児童・生徒が様々な視点で解決を試み、自分なりの考えを主張することを繰り返すことによって育成されていくものだと考えられる。
2.算数・数学を活用しようとする態度
問題解決に算数・数学を活用しようとする態度を育てるために、「算数・数学を生み出す活動」、「算数・数学を活用する活動」、「ものごとを算数的・数学的に伝え合い話し合う活動」、「算数・数学を実感する活動」の4つの算数的・数学的活動を大切にしたい。そのために、問題解決の過程において新たな算数・数学をつくり出していける単元展開を工夫することや、算数・数学を活用して自己決定ができるような教材を開発することが必要である。また、1時間の授業では、算数・数学を用いた表現によって説明したり、事象をよみ取ったりすることができる追究の場を位置付けることや、算数・数学を用いたことのよさを振り返る場を設けることが大切である。
生徒が上記の算数的・数学的活動を経験しながら、算数・数学の有用性を認識したり、算数・数学が使える自分に自信をもったりして、積極的に算数・数学を使おうとする態度が育成されていくものだと考えられる。
3.算数・数学教育と人間形成
学校教育において、児童・生徒の学力の向上を図るとともに、人間としての正しい生き方を教え、豊かに考えられる力を付けることは重要な教育の営みである。そして、自ら求め学ぶ人間を育てることは、人間形成の教育とも言えるだろう。
一方、算数・数学は学問として独立した価値を有しているが、算数・数学を学ぶことを通して知識を得るだけでなく、学習の過程において人間がよりよく生きるために必要な思考力、判断力、表現力を高めていくことも期待できる。算数・数学は、与えられた問題を解くことだけが目的ではなく、どのように考えたら都合がよいか、より単純明快に処理するためにはどのようにしたらよいかなど、様々な思考を繰り広げる行為そのものが学習の目的でもある。
身の回りには算数・数学が活用される場面が多く、例えば次のようなものが挙げられる。
このように、算数・数学は決して無機質な学問ではない。一般に行われがちな「数学的な知識を伝え、習熟を図り、それから応用する」という段階を踏むことは、算数・数学を利用するという構図である。応用できるためには、まず内容を知り、使える力を付けることが必要だという考えも一理あるが、児童・生徒はどのような思いで学習しているのかを忘れないようにしたい。児童・生徒が算数・数学を学ぶときには、直接学んでいることの価値がわかるようにすることが理想的である。何のために学んでいるのかがわかるような授業を行うことを、指導のあり方の大前提として心得ておきたいものである。このことは、算数・数学に対する畏敬の念を生み、算数・数学を敬う心を育てることにもつながっていくものでもあろう。
4.「資料の活用」領域の授業の具体
(1)新領域「資料の活用」のとらえ
新学習指導要領において中学校で新設された「資料の活用」領域の、特に1学年の内容は、目的に応じて資料を収集し、統計的な処理を行うことによって傾向をよみ取り、説明することが求められている。つまり、収集した資料を数学的な視点で考察し、考えをまとめて表現し、他者に伝える(主張する)とい う一連の学習が具体化され、思考力・表現力の育成が大いに期待できる。
かつて行われていた「資料の整理」の学習でも、数値の集合として得られた(与えられた)資料をグラフ化したり、様々な代表値を求めたりした。しかし、目的を果たすためにどのようなグラフを作成したらよいのか、グラフ化した資料から何を主張して自己決定するべきかなどの学習が欠落し、資料の整理方法を学ぶことに終始したという反省点が挙げられる。
これに対して「資料の活用」領域、とりわけ中学校1学年の「代表値と散らばり」の学習では、文字通り資料の活用方法を学ぶことになる。活用ということは、何らかの目的があるからこそ資料を収集し、目的に応じて整理方法を考え、最終的に自己決定して目的を果たすための行動に移すことが要求される。
統計教育の先進国と言われているニュージーランドでは、課題解決までのプロセスを、"PPDAC:Problem(身近な課題の明確化)→Plan(調査・実験研究のデザイン)→Data(データ表の作成)→Analysis(データの分析)→Conclusion(最初の課題に対する結論)"と表現していることが紹介されている(渡辺、2007)。これは、単純に一通り行って終わるのではく、分析で不足した点、新たな疑問や課題などについて、再度PPDACのプロセスによって解決を試みることを前提としており、サイクリックな学習活動を意味している。
このことを踏まえ、「資料の活用」領域では、PPDAC のプロセスを重視して教材化を図り、授業を行うことが重要であると考える。
(2)素材の決定と分析・教材化
上記の内容を踏まえ、「資料の活用」領域の趣旨を反映するために、次の観点を重視して素材を決定した。
これらの観点から、本校で生徒会活動として行っている「朝のあいさつ運動」を取り上げることとした。これは、生徒会の役員が中心となって取り組んでいるもので、生徒会役員が生徒昇降口に立ち、「おはようございます」のあいさつで生徒を迎えることにより、気持ちのよい1日のスタートにするという活動である。しかし、決まった役員が毎日ずっと昇降口に立っているのではなく、当番制にしたり、時間帯で区切って担当を決めたりして行っているが、どのように当番や時間帯を決めれば都合がよいのかがわからない。
個々の生徒の登校時刻は、それぞれの生徒の実情によって様々である。生徒の登校時刻を調べて、どの時間帯に多くの生徒が登校してくるのかを調べることによって、無駄なく能率的に「朝のあいさつ運動」を行う計画が具体的に立てられるものと考えられる。特に、朝の部活動の有無等によって、多くの生徒が登校する時間帯は大きく2つに分けられるものと予想できる。また、個々の生徒に日頃の登校時刻を尋ねることは、目的に応じた資料を収集する行為であり、比較的容易にできる。
なお、回答者の数が多く、様々な整理・加工を行うので、コンピュータなどのテクノロジーを有効に使うことが必要となる。
(3)授業の実際
次のような問題を提示した。
授業学級の生徒は、本校生徒の登校時刻を調べるために、質問項目を考えて調査した。日頃の経験から部活動加入生徒は比較的早く登校すると考えた生徒は、加入している部活動も質問項目に加え、195名の生徒から回答を得て資料(省略)とし、追究を開始した。
生徒は統計に関する学習経験がないので、SimpleHist※を用いて度数分布表、ヒストグラム、代表値及びSimpleHistの操作方法を教えた後、SimpleHistを使って資料の整理・加工・分析を行った。ただし、本稿では横軸の目盛りの明確化を図るため、Excelで作成した図を用いることとする。
A生は、階級の幅を10分として、次のような双峰型のヒストグラムを得た。
双峰型になる原因を朝部活の有無によるものだろうと考えたA生は、朝部活の有無で分けて再度ヒストグラムを作り直した(下図)。
このヒストグラムに基づき、A生は自分なりの考えをまとめ、次のように記述した。
他の生徒の中には、同じ資料を整理・分析していながら、主張が異なり、日頃遅く登校する生徒に「朝のあいさつ運動」の当番の時だけ早く登校してもらって行うという結論を導いた生徒もいた。そこで、それぞれの意見を伝え合い話し合うことを通して、現実的な方法として次のようにまとめた。
その後、学級としてまとめた結論は、学習発表会において代表生徒が全校生徒を前にして「朝のあいさつ運動活性化に関する提案」として発表した。この主張は生徒会活動に取り入れられ、さらに検討されて、生徒会役員だけで行っていた活動を全生徒が時間帯と場所を分担して行うようになった。授業学級の生徒は当初の目的を果たし、学習を終えた。
5.算数・数学の指導のあり方への示唆
本稿で述べた「資料の活用」領域の授業は、「朝のあいさつ運動活性化に関する提案」を行うことを目的に据えて、道徳の内容と並行しながら進めたものである。この目的を果たすために、数学的な手法を使いながら思考を展開し、最終的に他者に発信(表現)するに至った。つまり、教科の枠を超えた目的の存在が必要で、数学を使いながら数学を学び、目的を果たすことによって思考力・表現力を育成することにつながっていくことが示唆されたものととらえている。
算数・数学は人間が築き上げてきた貴重な文化であり財産でもある。このことを児童・生徒に伝えるためにも、無機質な学習指導に終わらないようにしなければならない。
《参考文献他》