2.乳幼児期の子どもの居場所
3.保育施設の適正化と現状
4.先進諸国の保育事情
5.まとめ
1.はじめに
本稿において、子どもがどのような保育環境で育つことが望ましいのかを明らかにしていきたい。本来、子どもは親に養育され家庭を基盤として育っていくが、親の就労や障害、病気などの諸事情により保育施設に預けられ、そこで保育者による保育を受け育っていく子どもたちが多数いる。
日本では、子どもは母性をもつ母親が育てるべきという「母性神話」や3歳までは母親の手で育てることが良い子どもになるという「3歳児神話」の影響により、これまで子どもが小さいうちは母親が育てるべきであると親、特に母親たちに信じられてきた。近年、社会状況が変化し女性の社会進出が当たり前のようになってきたことにより、子どもを乳幼児期から保育施設に預けることに抵抗がなくなってきている。先進諸外国の保育事情を紹介しながら、日本の保育状況について考えていく。
2.乳幼児期の子どもの居場所
乳幼児の子どもはどこで育てられているのか。子どもの居場所に関する調査が次に示す図1に表れている。
図1 就学前児童の保育状況(2008年)

図1のように、0歳児は92.0%と家庭で育てられている子どもが多いことが明らかである。3歳児を境にして、約8割の子どもが幼稚園もしくは保育所で保育されている。4歳以上児では96.6%の子どもが保育を受けている。周知の通り、子どもの保育を担当するのは、幼稚園では幼稚園教諭、保育所では保育士である。保育時間や施設設備に関しては、幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省が管轄し、それぞれ学校基本法や児童福祉法に規定されている。
ここでは特に3歳未満児の子どもの居場所について考えてみたい。乳幼児の子どもたちが健全に成育し個々の能力を伸ばすためには、家庭で受ける養育の質と保育施設における保育の質、この2つの要件から捉えていくことが必要である。
3.保育施設の適正化と現状
3歳未満児の保育は、主として保育所である。日本では、公立保育所、私立保育園ともに国により指導監督されてきた経緯がある。保育所の設備や人的配置などは、児童福祉法や児童福祉施設最低基準等によって決められている。
小泉内閣の進めてきた民営化は福祉分野まで及び、さらに1997年からの社会福祉構造改革が検討、開始され、2000年に社会福祉事業法等の改正によりサービスという概念が導入され、これまでの「措置制度」から「利用者主体」とし、「利用者の選択を尊重」することを考える方向に転換した。
保育の分野で着手されたのは、公立保育所の民営化である。保育所の民営化とは、これまで市町村が運営主体である公立保育所が、従来から国の認可を受けた社会福祉事業を行う社会福祉法人、あるいは営利を目的とした民間事業者に委譲されることをいう。
表1 保育所の配置職員、保育士配置数、施設設備
項 目 | 規 定 内 容 | |
職 員 | 保育士、嘱託医、調理員(委託も可) | |
保育士1人当たり の乳幼児数 |
0歳児 | 3:1 |
1・2歳児 | 6:1 | |
3歳児 | 20:1 | |
4歳以上児 | 30:1 | |
施 設 設 備 | 2歳未満児 乳児室又はほふく室、医務室、調理室及び便所 |
|
乳児室 | 1.65m2/人 | |
ほふく室 | 3.3m2/人 | |
2歳以上児 保育室又は遊戯室、屋外遊戯場、調理室及び便所 |
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保育室 | 1.98m2/人 | |
屋外遊戯場 | 3.3m2/人 |
保育所は児童福祉法第39条の規定による児童福祉施設で、さらに児童福祉法施行規則や児童福祉施設最低基準で運営や設備などが決められ、子どもが心身ともに健やかに育成される保育環境を保障されている。
利用者側の要望として保育所への入所希望が増加しているなか、自治体の財政的問題や待機児童解消などの対策の一環として、保育所の民営化が開始され、徐々に公立保育所から私立保育園に代わってきている。それ以前より、公立保育所も社会福祉法人の私立保育園も国の基準を満たす認可保育所として機能しているため、保育内容自体に大きな差はみられない。また「保育所保育指針」によって、各保育所における保育内容を全国で一定の水準に保つ役割を果たしてきたことにもよる。この指針は平成21年度から告示となり法定化された。
しかし、民営化が進んできたことによって私立の認可保育所が増加する一方、国基準に満たない民間事業の保育園・保育室など認可外保育施設も増えている。東京都などの都市部では、「認証保育所」と呼ばれる民間事業者経営の保育所を自治体独自で認定し、補助金を出し待機児童対策に当てている。つまり、認可基準に及ばない園を認め待機児童を入所させることにより、保育の供給枠を拡大し、同時に自治体の財政支出を押さえている。駅前にあるなど立地条件としては働く親が利用するのに都合がよく、保育時間にも柔軟に対応するなど利便性が高いことから、民間事業者の経営する保育所は増加している。このような保育施設では、子どもの保育を担当する者が全員保育士資格を取得しているとは限らない。また、園庭がない、栄養士の配置がない、調理室がない、乳児のほふく室面積が不足しているなど、設備についても認可保育所には及ばない。一口に私立保育園と呼ばれても、社会福祉法人運営の認可保育園もあれば、民間事業者の認可外保育施設もあるという多様な運営主体が経営している現状がある。政策上、また社会状況の変化に対応するためとはいえ、現実として今後ますます公立保育所の民営化が進んでいくことは間違いないであろう。
4.先進諸国の保育事情
ヨーロッパの諸外国では、基本的に3歳未満児は家庭で親が養育できるように家族手当や育児手当などの金銭給付が支給され、医療、教育なども無償で受けられる現物給付も整備されている。日本では小学校、中学校までの義務教育は無償であるとしているが、授業料や教科書代は無償であっても、給食費や教材費、修学旅行費など年間40万円前後の費用は家庭が負担している。
また、ヨーロッパ諸国では乳幼児期の子どもと過ごす時間は貴重であるとの考え方が主流であり、働く親には2〜3年間職場で育児休業が取得することができることが保障されている。また一般的に、子育て中の親は子どもが小学生になる時期まで子育て時間として2時間ほど勤務時間が短縮されるなど、働く親の労働環境も整っており、子育て家庭にとって安心して養育できる環境条件が整備されているといえる。
各国により保育施設の名称や保育対象年齢は異なるが、日本の保育園や幼稚園のような機能を持っていると理解してよい。いずれにしても多様な保育形態が存在する。ここで例にあげるフランスやイギリスなどは小学校への就学準備として保育施設が位置づけられている。これらとは別に、ドイツ、スウェーデン、フィンランドなどは、生活基盤型の保育施設として機能している。
(1)就学準備型保育施設
2〜5歳児までの子どもの保育は学校教育機関として位置づけられている。公教育機関の保育学校や幼児学級、幼児班のほか、私立の教育機関として私立保育学校や言語教育学校、モンテッソーリ学校などがある。義務教育ではないが、無償であり、日本の幼稚園の性格をもち学習指導要領が定められている。
これらのほかに、主として3歳未満児に関しては、集団保育として幼児園、施設保育所、緊急保育所、親の自主管理保育所などがある。日本の保育ママ(家庭福祉員)と同様の家庭保育員や家庭保育所もある。
教育サービスとケアサービスがあり、教育サービスは無償で受けられる。3,4歳の2年間はナショナル・カリキュラムの最年少段階に位置づけられている。さらに2008年より0歳児からの早期基礎段階カリキュラムも開始されたが、3歳未満児は基本的に親と家庭を中心にしていることに変わりはない。
(2)生活基盤型保育施設
基本的に3歳未満児の子どもたちは家庭で養育されている。3歳未満児はキンダークリッペ(保育施設)で保育されているが、入所しているのは全体の約2割である。3歳以上はキンダーガルテン(幼稚園)での保育を受ける。そのほか、キタと呼ばれる保育園と幼稚園が一体化した日本の認定子ども園のような機能をもつ施設もある。キタは教育施設として位置づけられているが、学童保育の機能も併せ持つ。
筆者が2009年9月に海外研修先で訪問したドイツのミュンヘン市にあるフレーベルやシュタイナー教育を行う幼稚園においては、保育時間は家庭の事情により4,6,8時間と子どもにより異なる。親が働いているかいないか、あるいはパートタイム就労であるなどに関係なく、柔軟に保育時間を相談して決めている。
この国では、国民の労働可能な者はほぼ100%働いているが、子どもは1〜1歳半頃までは基本的に家庭で親に育てられる。産休を取っても給与の約8割が支給されることから、必ずといっていいほど子どもが1歳半まで産休を取る。母親が1年間、その後半年を父親が取り、交替して育児に専念することが多いようである。1歳半過ぎになると、保育園か保育ママに預ける。
保育園における保育者の配置数であるが、2歳児は子ども6人に対し保育者1人であり、3、4、5歳児も6:1と変わらない。日本の保育園では4、5歳児の保育士配置数が子ども30人に対し保育士1人の配置であることから比較すると、いかに社会全体で乳幼児期の子どもを大切に育てているか理解できる。スウェーデンでは、国家や国民が乳幼児期の子どもは人格形成の大事な時期にあると考え、幼児教育・保育の重要性を認識し、それを保育現場で実践している。
1973年に「保育法」が制定されてから、市町村が保育所と家庭保育(保育ママ)である保育サービスを運営している。1,2歳児は保育ママを利用し、それ以後は保育所利用となる。就学前教育は、全員に対し義務教育である基礎学校(日本の小中学校にあたる)に入学する前の1年間が義務教育として位置づけられている。この就学前教育が行われる施設は保育園もしくは学校である。
保育園における保育者の配置は、3歳以下は子ども4人に対し保育者1人、3歳以上は7人に対し1人である。保育時間は1日あたり10時間以内であり、地域により開園時間は異なるが午前6時〜午後18時が普通である。土日は基本的に休園である。
以上、先進諸外国の保育事情をみてきたが、いかに日本の保育は子どもにとって厳しい状況に置かれているのかがわかるであろう。日本の保育園の開園時間は11時間が基本であり、延長保育としてその後12時間、13時間保育を受ける子どもたちがいる実態がある。子ども1人に対する保育者の配置数も先の各国には及ばない。日本の保育は保育者個人の能力に頼る部分が大きく、それがまた保育者の負担を増し、勤務年数が短かくなることにつながる要因の一つとも考えられる。乳幼児期の子どもの育つ条件としては決して良い保育状況とはいえない。
5.まとめ
これまで日本や諸外国の保育施設における保育環境について述べてきたが、日本の保育は、1890年に保育所の原型といわれる赤沢鐘美による新潟静修学校保育室が創設され、約120年近くが経過し歴史的にみて短いわけではない。しかし、子どもの立場に立った保育環境が整えられてきたかというと、甚だ心もとない現状がある。幼稚園も同じく明治期から創設されたが、ともに保育士や幼稚園教諭である保育者の配置数は一人ひとりの子どもを十分に保育していく体制にはほど遠いといわざるを得ない。
アメリカの国立小児保健・人間発達研究所が実施した「保育の質と子どもの発達」に関する追跡調査結果をみると、基本的には乳幼児期の子どもは家庭で親に育てられ、愛着形成が十分なされる必要があることが述べられ、家庭における養育の質が問題となっている。さらに、集団保育を受ける時には保育集団があまり大きくないことや、子どもに対する保育者の適性配置人数がなされており、しかも保育者が熱心に関わった子どもの方が心身の発達のバランスが取れているという調査結果が報告されている。このことからも、一人ひとりの子どもの成長発達や能力を活かしていく保育とは、保育者がもつ保育技術・知識を維持・向上させることが基本であるが、保育が実践される保育環境が適正に整備されているか否かにも関係しており、保育施設での保育環境の質が左右していることがわかる。
日本は現在働く親が増え、保育施設が不足して待機児童が増加している。ただむやみに保育施設を増やせばいいというわけではない。出来る限り子どもに取り適正な保育環境を整えていくことが我々社会の大人の責任である。子どもが育つ過程における乳幼児期は短い。子どもが将来自分の能力を発揮して自立した人間となるためには、乳幼児期の子どもの保育環境をできるだけ最善の状態にして保育を行うことがどれほど重要であるか、社会全体で理解し社会的に保障していく体制作りを推進すべきである。
参考文献